従来の抗癌剤による治療(2012年9月21日更新)青字はlink

☆ 原発性大腸癌と転移

 大腸癌の原発部位の治療の第一選択肢は,腹膜播種(腸を包んでいる腹膜の上に,種を蒔いたように多数の転移ができてしまう現象)を起していないかぎり,現在は患部の外科的切除である。患部を切除し,残った大腸同士や大腸と回腸・小腸・S字結腸・直腸などの相手とのpipeを繋ぎ合わせておしまいである。Lymph節への転移があれば,必要な範囲を郭清する。
 手術自体は,転移がなければ虫垂炎の手術に毛が生えた程度のものであるから,2,3時間で終わる。体力の回復が順調に行けば,1〜3週間で退院出来,通常は普通の生活に戻ることが可能である。
 同じ部位における再発は,患部の大腸がないのであるから確率は低い。問題は転移である。まずlymph節への転移,そして腸の血管からは門脈を経て肝臓内に摂取した栄養分を運ぶrouteがあり,初期にはこれを経由して肝臓に転移する可能性が非常に高い。
 CTなどの画像診断で転移がないとされても,切除された原発患部を調べた結果,大腸の組織への浸潤の程度が最悪のstage IIIと判定された場合は,すでに転移があるが検査で引っかからない大きさだと覚悟するほうがよい。
 大腸癌を手術で切除して5年間転移が発見できなかったら,根治したと見なすのが現在の癌治療の常識である。Stage IIIの癌は,人によるが数ヶ月から数年で,肝臓あるいは膵臓・肺・骨髄・脳に転移した癌細胞が大きくなる可能性が大である。
 このことを避けるために,手術後あらかじめ抗癌剤を投与する病院は多い。そのような手記もある。しかし,大腸癌に大きな有効性を示す抗癌剤は今の認可薬の中にはない。気休めであるにしては副作用が強いので,このような状況では患者は十分担当医と話し合う必要がある。上述の手記の筆者も経口抗癌剤を服用したにも拘わらず,肝臓転移が出てしまった。
 癌は最初の発見時の告知より,転移や再発の告知時のほうが,患者や家族には辛い場合が多い。現在大腸癌の抗癌剤治療は,外科的な手法が尽きたときのQOL(生活の質)を高める手段としてしか有効ではない。抗癌剤の有効性は人によって大きく異なるのが,癌という異常細胞の特徴である。

☆ 従来の抗癌剤治療

 従来の大腸癌の抗癌剤は,開発以来40年もの間使われている5FU(フルオロウラシル)および日本で開発されたCPT-11(イリノテカン),経口薬のUFTやTS-1などが現在認可されて使われている。
 治療方法も40年の適用経験を有する5FUを中心にいろいろと工夫されてきた。主なものを挙げると以下のとおりである。

  1. Shot療法
  2. 動脈注入
  3. 継続注入
  4. 夜間注入
  5. 多剤併用
  6. 経口投与
  7. PMC
  8. 癌休眠療法

☆ Shot療法

 Shot療法とは病院側の都合に合わせ,5FUと副剤を注射で体内に入れて抗癌効果を期待する手法である。G病院の内科医が,「日本における標準手法だ。」と豪語した無工夫の旧態依然とした手法である。
 米国で主流となったこの療法は,体重と身長から投与する量を決定し,3,4回程度を1 cours(本来ひとまとめの放送期間という意味)として週一回昼間の処置時間内に通常の注射と同じように静脈から数時間で投与する。1 cours終わるとCEAなどの腫瘍markerの値を見たり,CTなど画像診断の結果を併用して,抗癌剤の効果を調べる。
 5FUは肝臓で短時間に代謝されるため,極端に言えば血液が全身を一回ると分解される。すなわち癌細胞は薬剤との一回の遭遇で,その無限の増殖能力を失わなければならない。逆に言うとそれだけ強力あるいは高濃度の投与が必要である。
 5FUが癌細胞に効く機序については,Shot注入ではRNAへの転写を阻害し,持続注入ではDNAの転写を阻害する,という研究結果が出ている。DNAの転写による癌細胞の増殖だけに阻害効果があればよいのであるが,RNAへの転写を阻害すると,蛋白質の合成が盛んな正常細胞(消化器,爪,皮膚,毛,舌,血液など)にも多大な障害を起こす場合が多い。いわゆる副作用である。
 私が知っている例でも,手術後退院して抗癌剤治療をしていたある患者が,顔が黒くなった状態で救急車で運ばれて来たこともある。

☆ 動脈注入

 肝臓などへの転移に対処する手法として,5FUなどを転移巣に栄養を供給している動脈へ直接注入する方法である。こうすれば,患部へ高濃度の抗癌剤が直接与えられるので,in vitro(試験管内)での抗癌剤の効力を調べる実験と近い形で抗癌剤が投与できる。
 この方法は確実に副作用を減らした状態で,抗癌効果を期待できるが,原理的に通院で治療することは難しい。手術後の再発患者を多数抱える病院としてはbedの確保の問題もあり,あまり採用したくない方法ではある。
 さらに,肝臓で癌の転移巣に栄養を供給している動脈を探り出して注入をすることも大変な技術である。
 大腸から肝臓への血管を経由する転移は,肝臓の門脈から入るのが普通なので,門脈を栄養失調にする別の手法との併用も考えられる。

☆ 持続注入

 5FUは極めて短い時間で代謝されて効力を失ってしまうので,少量の5FUを長時間継続注入すると,shot注入より副作用を起さない水準の薬剤の量で,より大きな抗癌効果を期待できるという手法である。
 注入にはpumpを使うので,日本では入院して実施する。動脈注入と同様病院のbedなどの都合や,無計画にやったのでは手間の割には画期的な効果が少ないために,積極的に採用している病院は少ない。動脈注入と併用すると効果が大きい。
 Reserverというpumpを皮下に埋めこみ,24時間連続で5FUなどを注入する方法もあり,入院を避けることができる。Reserverが空になったら,外部からreserverに注射で薬液を補給すればよいので,bedを必要としないため,多くの患者に適用できる。

☆ 夜間注入

 癌細胞など盛んに分裂する細胞は,副交感神経が支配する夜間に活発になる。寝る子は育つという言葉どおりである。
 Shotは病院の都合で昼間に行われるが,それを夜寝る前に行うと,より大きな抗癌効果が期待できる。しかし,この手法も病院の運営上の都合で,入院していても人手が必要なために採用は難しいことは,お判りだと思う。
  癌細胞の分裂cycleで,DNAの転写が行われる丑三つ時に,それを阻害する効果を示す抗癌剤を投与することができれば,5FUなどの抗癌剤の効果を副作用の割には大きくすることができる。
 横浜市立大学病院では持続注入と兼用することで,従来の注入法では肝臓転移した大腸癌患者の30%程度にしか縮小効果がなかったが,,これが70%にも上がったという。
 この方法では,夜の22時ごろから朝4時にかけて抗癌剤の濃度を徐々に高めていき,また朝の10時ごろまでかけて減らしていく。抗癌剤は最高で単なるshot注入の1.5〜2倍もの投与が可能となり,その割には副作用はほとんど出ないという。
 Franceでは患者が器具を装着した状態で,自宅で注入ができるので,この療法は広く採用されているそうである。日本では医師の権限を侵すようなことは,到底認可されない。もちろん,G病院の消化器内科の医師が豪語したように,日本の標準的な治療法以外は,もっての外なのである。

☆ 多剤併用

 日本で開発され,確実に頭髪が抜けると言われているCPT-11などの強力な抗癌剤を併用すると,より抗癌効果が期待できる。G病院の内科医が説明した標準治療protocol(手順)の最後がこれである。
 5FUで効果がなければ,CPT-11単独で数coursの治療を行い,それでもだめならこの二者を併用して投与するという順番だ。これで効き目がなければ,あとは副作用でぼろぼろになった状態で死を待つだけとなる。
 Shotによる5FUの単独投与でも,副剤としていろいろな薬剤を使い,効果の増進と副作用の抑制を行っている。
 多剤併用も,治療の最初から上述の種々の投与法と合わせて戦略的に採用すれば,ある程度の効果が期待できるという,研究例もある。

 多剤併用で保険が使えるようになったFOLFOX(5FU,Leucovorin,Oxaliplatin)が,2010年現在転移性再発大腸癌の標準治療である。

 どのみち,別のpageで紹介している大腸癌用の分子標的薬などが使えるようになるまでの最後の選択肢であると考えられる。
 超高価な分子標的薬が認可されてからは,CPT-11でも効かない場合に使われてきたが,2010年から一次治療にも使えるようになり,多剤併用の手法が増えた。

☆ 経口投与

 日本以外の国ではあまり認可されていない5FUに近いUFTあるいはTS-1という抗癌剤を口から飲むという手法である。この薬剤単体での経口投与は,腸管からの吸収経路が肝臓を通るため,代謝を受けあまり効果が期待できない。これが,外国で認可されていない理由であろう。
 しかし日本では,ほとんど薬効が認められない「ピシバニール」や「クレスチン」(註)という茸由来の経口抗癌剤という,医師の免責のための薬剤が15年近く使われていた。それに比べれば少しでも薬効がある経口薬が認可されているのは,種々の手法を追求できる材料があるということで大いに助かる。
 経口薬は他の抗癌剤の注入と併用することで,薬剤の効果の持続を狙い,抗癌効果が期待できる。

註:
 それぞれ1975年1976年に認可された免疫力強化を薬効とする抗癌剤。その免疫強化力は,丸山博士が癌の医学会で非主流だっため認可されなかった「丸山ワクチン」や最近流行の「アガリクス茸」にもはるかに及ばない。
 薬効が認められないとの理由で1989年に保険適用が取り消されるまでに,1兆円ものお金が健康保険料から,製薬会社や開発した日本の学者に流れた。これは社会保険庁が無駄な保養施設を全国津々浦々に建設したことに匹敵する無駄使いである。しかも,末期の癌患者に意味がない希望を持たせたことで,二重に罪を犯したと言える。

☆ PMC

 以上の抗癌剤の種々の投与法を組み合わせて,最良の投与法を選択する手法で,単なるQOLの維持ではなく,手術不能と判断された患者に対して積極的な根治への治療が試みられている。
 私がG病院の消化器内科医に質問した件も,このような手法の採用の可能性であった。しかし,それに対する回答は医師の権威を傘にした罵声であった。

☆ 癌休眠療法

 抗癌剤を癌が大きくならない程度や転移が出ない程度に,個人別に量を決定・投与して,癌と共存しながら生体の持つ力で生命を維持しようという療法。
 金沢大癌研究所の高橋豊助教授(消化器外科)が提唱していて,全国の多くの病院で試みられている。基本的には癌が増殖しないように癌に栄養を供給している血管の新生を押さえる分子標的薬が利用できれば,それとの併用が望ましい。

以上