この日はとてもよく晴れて,気温が上がった。
8時半にはバスに乗って,南山路から虎跑路を経て,西湖の西側の山の中の靈渓路を北に向かった。
南山路では,交通警察がたくさんのスクータを捕まえて,片端から没収して道路清掃と書かれたトラックに積み込んでいるのを見た。
ガイドの金さんによると,ナンバープレートが付いていない「電瓶車」(電池動車)を捕まえているそうである。
スクータの足元に鉛蓄電池を積んで走る電瓶車は,音がしない上,歩道をおかまいなく走るので,非常に危険である。
もちろんノーヘルメットで,皆は自転車の感覚で乗っている。
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北上する靈渓路は三つのトンネルで龍井茶の山を抜けている。
途中,樹の間から龍井村の茶畑が見えた。
中国茶葉博物館もあった。
龍井路へ左折して山の中へ行くと,お茶を楽しむところが幾つもあるそうである。
西渓湿地公園の入り口には9時半過ぎに着き,40分にバスから降りた。
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西渓湿地は,面積11.5k㎡で,その一部が公開されている。
ここは国家プロジェクトで,湿地とての機能を復元したもので,一部がラムサール条約の湿地として登録されている。
公園は以前の農村や高官の別荘も取り込み,水田化や都市化される前の江南の状況がよく再現されている。
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古来,長江の流域にはもともと広大な湿地が拡がっていた。
湿地としては,水滸傳で有名な山東半島の付け根の梁山泊,20世紀初頭と比べて半分以下に縮んでしまった洞庭湖などが日本人に知られている。
後者の周辺では,最初に水稲が栽培されたと推定されている。
この湿地は2008年に公開された映画『非誠勿擾』(日本名:狙った恋の落し方)の舞台にもなったそうで,船着き場の手前に非誠勿擾という大きな切り文字が立っていた。
なお,映画の後半の舞台が北海道であったため,大勢の中国人観光客が網走などの僻地を訪れる切っ掛けになった。
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10時に入園し,42番の電池船で水路を移動した。
定員30人の船は貸し切り状態であったので,日本語の録音で解説が流れていた。
護岸の柵は松で,人工の材料は使っていないそうだ。
柿の樹がたくさん植わっていて,新芽が出ていた。柿は公園の特産品にもなっいる。
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10時半に船から上がって,公開された湿地内の昔の雰囲気が残る道を歩いた。
2003年の時点で樹齢310年という香樟の大木があった。
越劇などの伝統劇を演じる舞台もあった。
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紹興が発祥の地である越劇は,もちろん地元の言葉で演じられるが,北京の京劇と並ぶ中国の2大伝統演劇と言われている。
今は女性だけで演じるので,中国の宝塚とも言える。
演目としては中国4大悲劇の一つで,東晋のころの会稽(紹興)を舞台にした『梁山伯与祝英台』などが有名である。
しばらく古い村の雰囲気がある売店を冷やかしたりした。
11時35分に電動カートに乗って数分で,公園の出口近くにある「高宅」の入り口に着いた。
ここは清初の文人の高士奇が別宅として建てたもので,西渓山荘と名付けられ,清の康煕帝も訪れたそうである。
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山荘は,明末から清中期にかけての典型的な前宅後園の特徴を有している。
庭園は湿地をそのまま利用しており,建物も水上の廊下で結ばれていて,江南の水辺とみごとに融和している。
康煕御筆の額がある竹を多用した建物は涼しげであった。
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天気もよく,西渓湿地はまさに「千里鶯啼緑映紅」の世界であった。
ただ,「水村山郭」までで,「酒旗風」がなかったのが少し残念である。
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