5.6 鉛蓄電池との決別
安価ではあるけど重くて使いにくい鉛蓄電池から決別するには,乾電池の開発に似た努力の跡が見られます。 蓄電池はまだまだ進化しつつあります。
5.6節の内容
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Q 5.20 乾電池と同寸法の二次電池 |
[A]
鉛以外の物質で,充放電の化学反応が可逆で充電できる電池としては,1899年には早くも
ニカド電池は正極に
正極:NiOOH + H2O + e− ←(充電)/(放電)→ xNi(OH)2 + OH−
負極:MH + OH− ←(充電)/(放電)→ M(水素収蔵合金)+ H2O + e−
起電力は1.2Vです。
容量は,単三型で高性能マンガン電池(黒電池)より多い1Ah程度です。
なお,新品のニカド電池は,鉛蓄電池と異なり充電されていません。
使わないときは放電した状態で保管します。
ニカド電池は,性能的には
図 5.14 メモリ効果 |
メモリ効果は図 5.14のように全容量を使い切らない内に,追加で注ぎ足し充電をしてしまうと起きます。
すなわち,見かけ上注ぎ足し充電した分しか容量がないようになります。一点鎖線で示すように,放電した電気が注ぎ足した分に達すると,端子電圧が低下してしまい,電池が空になったように見えます。
なお,端子電圧が低下した後も少ない電流で一旦全部放電させると,メモリ効果発生以前の容量に戻すことができます。
ニカド電池は,初期の宇宙船で太陽電池からの電源の充電用にも使われたので,メモリ効果についてはいろいろと研究されていましたが,カドミウム電極の形状変形説なども出て,なかなか原因が分かりませんでした。
しかし,Q5.22で紹介するニッケル水素電池が出てもやはりメモリ効果があったので,原因は正極のニッケル電極側にあることがわかりました。
ニッケルが均質でなくて,フル充電前に電池が部分的にでも過充電状態になると,NiOOHの結晶構造が(β→γ)と変化し,それを放電すると六角形のシート状の結晶の層間が稠密なβ-Ni(OH)2に戻らずに,層間が広くてズレているα-Ni(OH)2になってしまうことが原因であることが,2000年代に入ってようやく日本の佐藤祐一らによって解明されました。
★ イタイイタイ病
カドミウムは人体にとっては有毒な物質です。
岐阜県にあった神岡鉱山の亜鉛製錬後の排水に,カドミウムが含まれていたため,下流の富山県の神通川流域で,日本初の公害病イタイイタイ病を惹き起こしました。 |
Q 5.21 無公害充電式電池 |
[A]
ニッケル水素電池とリチウムイオン電池が順次開発されました。図 5.15のように,メモリ効果は減少したりなくなりました。
さらに,容量も増えました。
リチウムイオン電池については,同図のような改良が行われたり,さらなる発展があります。
図 5.15 充電式電 池の発展 |
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蓄電池の開発では,次のような指標を使って評価します。
(a) 重量当りの電力容量(Wh/kg)
(b) 体積当りの電力容量(Wh/L)
(c) 充放電回数
(d) 価格(円/kWh)
ちなみに2013年現在のリチウムイオン電池では,300Wh/kg,1kWh/L,充放電回数5,000回辺りが,各種の構造別に達成された最高性能水準です。
Q 5.22 ニッケル水素電池 |
[A]
電池の負極は,水素イオン(H+)を放出して電子を負極から取り出せればよいので,鉛やカドミウムでなくてもよいのです。
そこで,ニカド電池のカドミウムの代りに負極に水素を収蔵できる合金を用いたニッケル水素電池が,1990年にやっと発売されました。
正極:NiOOH + H2O + e− ←(充電)/(放電)→ x Ni(OH)2 + OH−
負極:MH + OH− ←(充電)/(放電)→ M(水素収蔵合金)+ H2O + e−
電圧はやはりニカド電池と同じ1.2Vです。
なお容量は,単三型で2〜2.5Ah とニカド電池の倍もあります。
ニカド電池と同じく使う前に必ず充電します。
さらに,次のような欠点もあります。
(a) メモリ効果はニカド電池ほどではないが,ある程度ある
(b) 夏場だと2,3ヶ月で空になるほど自己放電が多いため,充電状態での長時間保存には向かない
(c) 手荒な放電に対しては,ニカド電池よりも耐性が低い
(d) 急速に充電すると電気分解が行き過ぎ,酸素と水素のガスが泡になるので,
ニカド電池のような短時間充電には向かない
★ HV車の電池
HV車を世界に先がけて売り出したトヨタは,その補助動力源となる電池に長い間ニッケル水素電池だけを使ってきました。
HV車の発売時には,重量および体積当たりの充電量が大きくとれるリチウムイオン電池の採用は,技術的だけではなく経営的な観点からも慎重であったと思われます。 |
Q 5.23 リチウムイオン電池 |
[A]
正極に
リチウムの二次電池は,リチウムの一次電池とは電極材料が異なります。
二次電池は,正極に
正極:LiCoO2 ←(充電)/(放電)→ Li1−x CoO2 + x Li+ + x e−
負極:x Li+ + x e− + 6C ←(充電)/(放電)→ Lix C6
化学式によれば,充電すると有機溶液中をリチウムのイオンが負極に移動し,電子をもらって六つの炭素原子からなる立体構造(6C)内に吸収され,化学的に安定になります。
放電する時は,負極からリチウムがイオン化して正極へ移動し,負極には負の電荷が残ります。
リチウムイオン電池は,自己放電が少なく充電したままでも長期間保ちます。
さらにメモリ効果が出ないので,いつでも注ぎ足し充電できます。
容量は単三型寸法の14500型で0.8Ah以上で,端子電圧がニッケル水素電池の3倍であることを考慮に入れると,ニッケル水素電池の2.4Ahに相当します。
単三型より一回り大きな18650(φ18×H65)型では,3Ahを実現しています。
大電流の放電に強く,18650型では5Aの放電にも耐えますから,携帯電話やノートパソコンなどの小型の携帯電子機器だけではなく,自動車や電動自転車および電動工具にも向いています。
一方,充電打ち切りの制御がたいへん難しく,間違えて過充電になると発火する危険があるので,専用の充電制御機能が必要です。
さらに,マンガン電池やアルカリ電池とは端子電圧が違うので,表5.2に上げた乾電池と同寸法のものは,誤用を避けるためあまり作られてません。
充放電の回数が多くなって寿命が来ると,電池内の圧力が上って膨らんでくることがあります。
前述の図5.15のようにリチウムイオン電池の電極材料や電解質材料の改善で,少しずつ性能や安全性の向上が試みられています。
たとえば,2012年時点で有機材料を微細な
しかし,リチウムイオン電池の高性能化は,正極および負極材料の改良を続けるか,大幅に考え方を変えるかの分岐点に来ています。
現状の5〜20倍の容量を持つ究極の高性能電池として,負極にリチウム,正極の酸化剤として空気を用いた,リチウム空気電池が提案されています。
2017年には,日本の物質・材料研究機構のリチウム空気電池特別推進チームが,充電後に正極に溜まる過酸化リチウムを吸着させる材料に
なお酸化剤に空気を使う空気電池は,負極に亜鉛を用いた一次電池が実用化しています。
本章の扉でも触れましたが,2013年の1月に
多分,充電制御関係に問題があったのだろうと推察されていますが,電池(日),充電制御器(韓),制御システム(仏)を開発製造した企業がすべて異なり,しかもBoeing社(米)も含めて製造国がみな違うこともあり,原因究明に手間がかかってしまいました。
このように,リチウムイオン電池はたいへん大きなエネルギー密度を持つので,充放電の管理が複雑です。
リモコン機用のリチウムイオンポリマ電池を,市販の安価な充電器で充電して,火事になる事件も起きています。
リチウムイオン電池は充電時には火を噴く可能性がある,ということをきちんと認識する必要があります。
(a) 指定充電器以外では充電しない
(b) 不在時に充電する際は,発火しても燃え広がらない場所で充電する
(c) 過放電しない(リチウムイオンポリマ電池は,過放電で再起不能になりやすい)
などの注意が必要です。
正極剤を安定な結晶構造が取れるリン酸鉄リチウムにすると,発火の危険はなくなりますが,エネルギー密度が下がってしまいます。
正極の電極を,お経や
なお,リン酸鉄リチウムを使った電極で充放電寿命を大幅に延ばすことができる技術も,2016年に日本で開発されています。