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第6章 電気を起こす


   電池は手軽に電気を供給できましたが,最初は乾電池ではなく,供給できる電力量もわずかだったので,実験や通信用の電源以上の有力な用途はありませんでした。
 1831年にFaradyファラデー(英)が発電のりくつを発見すると,その翌年にPixiiピクシー (仏)がFaradyの発電機の永久磁石とコイルを逆にした最初の実用的な手回し発電機を作りました。
Pixiiのダイナモ
Wikimediaより
2008/1/13,DMahalko氏
 Pixiiの発電機は構造から見て交流発電機でしたが,Ampèreアンペールの提案で整流子を付けることで,直流発電機(ダイナモ)として使えるようになりました。

第6章の内容

第5章 電池は移動できる電源 第7章 電気を配送する

6.1 水蒸気を使って電気を起こす   6.2 水蒸気を作る熱源はいろいろある
6.3 発電はだれでもできる   6.4 熱によらない発電
6.5 太陽光で発電する


6.1 水蒸気を使って電気を起こす

 発電機とモータはほぼ同時に発明されました。 それはすでにQ3.25で説明したようにりくつが同じだからで,電気を供給すればモータ,回転軸を回せば発電機になったからです。
 ですから発電とは,“どうやって発電機の回転軸を回すか”ということに尽きます。


6.1節の内容

5.7節 キャパシタに電気をためる 6.2節 水蒸気を作る熱源はいろいろある

Q 6.1 文明開化の明りは電池では点灯できなかった   Q 6.2 直流から交流の発電へ
Q 6.3 直流送電と給電 Q 6.4 熱を媒介に発電する
Q 6.5 冷却水 Q 6.6 Carnotサイクル



Q 6.1 文明開化の明りは電池では点灯できなかった
 Edisonエジソン が竹の炭素フィラメントFilamentの電球を発明するまで,明治の世に入っても明りには蝋燭ろうそくを使っていたのですか。

[A]
 いまでは蝋燭は,誕生日のケーキを飾ったり,お仏壇や神棚に灯す明りくらいしか使われていませんが,明治維新から一世紀後の1960年代までも,多くの家では停電に備えて蝋燭を常備していました。
 しかし,Edison電球の出現以前から,電気による明りは日本でも使われていました。図6.1(a)は,『東京銀座通電氣燈建設之圖』として学校の教科書にもよく掲載されています。 これは1882年に銀座二丁目の大倉組の前で点灯された二千燭光しょっこうアークArk灯で,現地に設置した直流発電機で点灯していました。 このアーク灯は,1956年に当時の大倉本館ビル前に再建されて以来,現在は新大倉本館の前に復刻第4代目が設置されています。
 1燭光(Candleキャンドル)は光度の単位で,蝋燭1本分の明るさとされています。 計量法では,定義が明確なカンデラCandela(cd)を使うことになっていますが,1 cdはほぼ1燭光の明るさです。

   

 (a)銀座で点灯されたアーク灯の錦絵(歌川重清)
    −東京電力 電気の史料館蔵−

   (b)湯島天神の再建ガス灯
図 6.1 文明開化の明り

 電池でもアーク灯を点灯することはできましたが,長時間点灯するには電池の消耗が激しく高価に付きました。
 文明開化の明りと言えばガスGas灯の方が古く,1872年に横浜の馬車道などに設置されました。 泉鏡花の『婦系図おんなけいず』で有名な東京の湯島天神には,かつて5基のガス灯があったと伝えられており,最後の1基は1965年まで残っていました。 今は図6.1(b)のような当時を模したものが再建されています。 実際に見ると,蛍の光ほど暗くはないですが,月の光くらいにしか見えません。
 それに対し,電灯の明るさはとても魅力的で,明治後半には旺盛な需要により普及し,発電所も増えました。ただ大都市以外の個人宅では,大正になっても油を燃やすランプが普通に使われていました。 ちなみに夜行列車の明りも,各客車に自転車の発電機の親分のような車軸発電機が取りつけられるまでは,灯油のランプでした。
 なお,アーク灯は図2.9に示したアーク放電を明りに用いたものです。

*   *   *
★ 蝋燭

 江戸時代から明治初期までは,和蝋燭は主にハゼの実から作っていました。 量も取れず,手工業製品だったので非常に高価で,大名家・大身たいしん旗本や大店おおだなでしか使えませんでした。 庶民は菜種油の行灯あんどんが使えれば上等で,煙や悪臭が出る魚油・鯨油を使って明りにしていました。
 今の蝋燭は石油から採れるパラフィンParaffineを使っているので,安価です。

Q 6.2 直流から交流の発電へ
 最初の発電機は直流だったそうですが,いつから交流で発電や供給が行われたのですか。

[A]
 電球が実用化されるまで,電気による照明は前述のようにアーク灯でした。 アーク灯の安定点灯には電流制限が必要なので,その特性に合っている直流発電機を照明ごとに用意しました。 定電圧の電気の商用供給は行われていませんでした。
 発明家Edisonエジソンは,Edison電灯会社を設立して電球の開発をしていましたが,1882年に110Vの直流発電機をNew Yorkニュー ヨークの中心街Manhattanマンハッタンに設置し,電灯への電気供給事業を立ち上げ ました。 この本格的な発電事業は,Watt以来の往復動蒸気機関に発電機をつないだ石炭火力発電から始まりました。
 日本でも最初に商用供給されたのは直流です。 1887年東京日本橋の茅場町に図6.2のEdison式の20kWの直流火力発電機を設置しました。 発電所は“電燈局”と名付けられ,直流3線式210Vの白熱電灯用の電力を供給しました。 直流は配電電圧が変えられなかったので遠距離送電ができず,電燈局は東京市内の需要家の近く5個所に点在していました。

図 6.2
Edisonダイナモ
当時設置されていた実物
国立科学博物館HPより

 明治半ばの1895年に浅草の蔵前に,石炭火力発電所が作られ,そこには石川島造船所(今のIHI)製の200kWの交流発電機(単相100Hz)が4基設置されました。 その後の第2期工事では独AEG(Allgemeineアルゲマイネ Elektricitätsエレクトリツィテーツ Gesellschaftゲゼルシャフト)製の265kWの交流発電機(三相50Hz)が2基設置されました。 東西の交流の周波数の違いについてはQ7.16で説明します。
 なお,New YorkのConsolidatedコンソリデイテッド Edison社は,2005年までManhattanの古いエレベータElevatorに直流を供給し続けていました。

Q 6.3 直流送電と給電
 直流で電気を送ることは途絶えてしまったのですか。

[A]
 Edisonは,かれの会社の社員のTeslaテスラと直流か交流かで争い,その結果Edisonの会社GE(Generalジェネラル Electricエレクトリック)と,Teslaが交流の特許を売った会社WH(WestingウェスチングHouseハウス )との商売上の争いになりましたが,結局,遠方の水力発電所などからの送電が可能な交流方式が勝利を納めました。
 半導体素子の発達により,現在は交流と直流の変換は容易になっています。 日本でもQ7.16で示す,50Hz 区域と60Hz区域の間の電力融通や,北海道と本州間および紀伊水道の両側,離島ヘの送電には直流を用いています。 その理由は,直流送電のほうが電線数2本で済むことや耐電圧も1/√2でよいことなど,交流よりも効率がよいからです。
 次の章のQ7.3で説明しますが,送電損失を減らすための超伝導送電線も実用化に向かっています。 超伝導送電では,交流磁場や静電誘導など交流特有の現象が発生しない直流送電が向いています。

*   *   *
★ 直流給電の復権

 今の家庭や事務所の電気・電子機器は,換気扇など一部の誘導モータを使ったもの以外は,ほとんどが機器の内部で直流に変換してから利用しています。 そこで,図6.3のように太陽光発電や蓄電池の効率利用を考えて,家庭や事業所内を直流で給電するという実証事業も2012年から開始されています。

図 6.3
直流給電

太陽光発電で発電した電気と蓄電池にためた電気を,直流給電方式でLED照明などに供給すると,従来の交流給電方式に比べて10%程度の節電が可能になったそうです。 一旦交流にしてまた直流に戻すときに,往復で損失が発生します。

Q 6.4 熱を媒介に発電する
 わたしたちが日常に使う電気はどうやって起こしていますか。

[A]
 現在日常使う電気の大部分は,高熱の水蒸気や水の高低の落差を使い,そこから得られるエネルギーで回転型の発電機を回して発生させた電気(交流)です。 まず,高熱の水蒸気を媒体に使った発電方法を考えてみます。

図 6.4 汽力発電

 蒸気の力を利用する発電は,汽力きりょく発電(Thermalサーマル generationジェネレーション)といいます。 図6.4のように石油・石炭や天然ガスなどの可燃物を燃やした熱や核分裂その他の熱源で蒸気を発生し,蒸気の力でタービンTurbinを回し,それに直結した回転式発電機で電気を起こす方式です。
 Wattの蒸気機関とは異なり,臨界温度(373.95℃:水と水蒸気の区別がなくなる温度)を遥かに越えた600℃程度の蒸気を発生させると,タービンでの“熱→力”の変換効率が40%台と高い値が実現できます。
 これらの汽力発電は,

   【エネルギー源】→【熱(潜在エネルギーの開放)】→【蒸気(高温高圧)】→【タービンの回転力】→【電気】

 という順に,エネルギーの形やエネルギーをになうものが変わっていきます。 これらのエネルギーの形が変わる各段階で変換損失が発生し,それらは低温度の熱として環境に放出されます。 汽力発電は設備としては大がかりになりますので,冷却水が得易い場所に発電所を立地します。

*   *   *
★ 蒸気を使わない内燃機関

 自動車や列車・船などの移動体や,非常用を含む自家発電などの小型の発電設備には,Dieselディーゼル(発明者名:独)エンジンEngineなどの内燃機関に発電機をつないでいるものが多いです。Dieselエンジンによる発電効率は35%程度と意外と高くとれます。

Q 6.5 冷却水
 汽力発電にはなぜ冷却水が必要なのですか。

[A]
 冷却水は,決して発電所の燃焼炉外壁の温度を下げるためだけに必要なのではありません。 動力を取り出した後の蒸気を水にする(復水という)ために冷却水が使われます。
 では,どうして蒸気を水に戻さなくてはならないのでしょう。 それは普通の自動車のエンジンも含んで,このように熱を媒介にして動力を取り出す熱機関そのもののりくつがからんでいます。

図 6.5
高低差がないと
発電できない

 海の水はあんなにたくさんあっても,潮汐や波以外はそのまま水力発電には使えません。 それは,海には水を流し出す先となるさらに低い場所がないからです。 すなわち水から位置エネルギーを取り出すためには,図6.5のように水の行き先が必要なのです。
 熱機関では熱の行き先を水の場合と同じように,低い温度の場所に求めています。 熱源にさらされて高温・高圧になった気体が,低温・低圧の環境へ移動するときに膨脹する力で,ピストンPiston を動かしたりタービンTurbineを回します。
 ピストンの直線的な動きはクランクCrankを使ってタービンと同じような回転運動に変換します。 蒸気機関車(Steamスチーム Locomotiveロコモーティブ,SL は和製略語)は,図6.6のように動輪に直接クランクが組み込まれています。

図 6.6
SLのクランク

 動力を取り出すために膨脹して温度が下がった蒸気の始末が,問題です。 もしこの排気となった蒸気の圧力が高いままだと,ピストンなどはそこから反発力を受けてしまい,排気が順調に進みません。 すなわち排気をするために,せっかく得た動力を使わなくてはならなくなります。
 そこで排気の水蒸気を冷やして100℃の水にしてしまうと,体積が大幅に減り(100℃,1気圧で水蒸気と水の密度比は約0.598 × 10−3 /0.9583 = 1/1,602.5),排気の圧力が下がります。 なお,100℃の水の密度が1ではないのは,水も温度が上がると膨脹するからです。

Q 6.6 Carnotサイクル
 温めたり冷やしたり,ふくらんだり縮んだりしないと熱から動力は取れないのですか。

[A]
 高熱源から動力を得る(=仕事をする)には,熱を持っている媒体ばいたいの体積が変化して,図6.4のようにタービンを回したり,図6.6のようにピストンを押したりする必要があります。

図 6.7
熱気球

 液体や気体の対流現象は,目に見えるピストンやタービンがありませんが,りくつは同じです。 液体や気体に温度が高い部分があると,その部分の体積が膨らみ密度が低くなります。 そこで,温度が低くて縮んだままで密度が高い周りの部分より軽くなり,温度が高い部分は図6.7の熱気球のように地球の重力に逆らって上へ移動します。
 このりくつとしては,上昇に使ったエネルギーは熱から供給されたと考えられます。 通常のヘリウムHeliumガスの気球でも,上昇には熱気球と同じく浮力を使っていますが,熱膨張を使ってはいません。 もともと密度が低いヘリウムガスには,地上にあることで潜在的に上昇のエネ ルギーが含まれていると考えることができます。
 渡り鳥なども自力で羽根を羽ばたかせて飛ぶよりも,暖かく軽い気流が上昇するエネルギーを上手に使って移動のエネルギーにしています。

図 6.8
Carnotサイクル

 図6.8Carnotカルノー(仏の人名)サイクルCycleといい,気体の圧縮・膨脹の動きを体積と圧力の関係でグラフGraphにしたものです。 BCとDA間の実線は断熱曲線といわれる変化で,ABとCD間の点線は等温曲線といわれる変化です。
 どちらも反比例の曲線です。 断熱曲線とは外部から孤立した気体の膨脹や圧縮時に,動力が出入りするときに起きる変化です。 力との関係は可逆です。 等温曲線とは気体が熱源に接しているときに起きる変化です。 温度と圧力の変化からエネルギーが取り出せるりくつは次のとおりです。

(1) A→B間では,高熱源から熱を受けて気体は膨らむ。(等温膨脹)
(2) B→C間では,気体は熱源からは遮断された状態で,自身の力で膨らむ。
   膨脹にしたがって気体の温度は下がる。(断熱膨脹)
(3) 結局A→Cの間は,気体の体積は膨脹し続けるので,外部に仕事をすることができる。
   すなわち,熱を動力として取り出せる。
(4) C→D間では,膨脹した気体から低い温度の環境(低熱源)へ,気体に残った熱が逃げる。
   冷えるにしたがって,気体は収縮する。(等温収縮)
(5) D→A間では,気体は熱源から遮断された状態で,外部からの力で圧縮される。
   圧縮されると気体の温度は上がる。(断熱圧縮)
(6) 結局C→Aの間は,気体の体積が縮小するので,外部からこれを助けてやらなくてはならない。   

 熱機関は,このいびつな曲線上をA,B,C,D,Aと一回りすると,その内側に囲まれた面積に相当するエネルギーが,動力として取り出されます。 したがって,なるべく高い温度からなるべく低い温度へ熱を移動してやり,気体の圧力変化もなるべく大きくしてやると,面積が大きく取れて熱機関の出力が大きくなります。
 熱機関の効率は,元の熱源が持っていたエネルギーのうちどのくらいを動力として取り出せるか,ということで測ります。 Carnotサイクルの効率は,高熱源の温度(TH)と排気熱の温度(TL)で決まります。 効率 η を求める理論式は,
   η = 1−TL /TH
です。 たとえば,蒸気機関の蒸気の温度が臨界温度(水と水蒸気の区別がなくなる温度で約374℃)で,大気への排気温度は100℃以下に冷やすことができたとすると,
   1−373(K) /647(K) = 42.35(%)
となります。 K(Kelvinケルビン)は絶対温度(0 ℃=273.15K)の単位です。
 Carnotサイクルでは,熱媒体に理想気体(相互作用0,体積0まで圧縮可能)というものを使うと考えています。 現実の気体は理想的ではないので,Carnotサイクルよりも効率が落ちます。 さらにボイラBoilerの壁面からも熱が逃げるので,現実の汽力機関では臨界温度付近での効率は,最大に見積もっても25%くらいにしかならないようです。 Carnotサイクルの理論限界の60〜70%程度が熱機関から直接得られる効率の限界のようです。

*   *   *
★ Rankine サイクル

 水蒸気は,CarnotサイクルのC→Aの排熱のときに凝固して水になるので,そのふるまいは理想気体のCarnot サイクルから,ある程度外れます。 そこで汽力機関の解析には,Rankineランキン(英の人名)サイクルという手法が使われています。 ただ,ここでは名称のみにして,りくつには立ち入りません。



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