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2.5 電子レンジでの加熱


 今日,日常の調理では,電子レンジが毎日大活躍しています。 しかし,電子レンジが日本で家庭用に売り出された1970年代前半ころは,使い道がよく分からない人が多く,電子レンジの講習会が催されたこともありました。


2.5節の内容

2.4節 IH調理器具での加熱 2.6節 冷蔵庫とエアコン

Q2.16 水分の加熱   Q2.17 電子レンジの加熱方法
Q2.18 ISMバンド Q2.19 人体への影響
Q2.20 高周波誘電加熱



Q 2.16 水分の加熱
 電子レンジでチンしても物を温められますが,電熱ヒータがなくてもよいのはどんなりくつなのですか。

[A]
 いわゆる“チン”すなわち電子レンジは,今まで説明したこととはまったく違う原理で,電気を熱に変えています。
 それは水を直接揺さぶって加熱する方法です。 といっても,一つ一つの水の分子を回転させたり振動させたりするには,赤外線領域の電磁波が必要です。 しかし電子レンジでは,携帯電話などに使うような比較的長い波長の電波(Microwaveマイクロウェーブという)でも,水を加熱できます。

図 2.17
 (a)水分子の分極     (b)互いに引き合う     (c)水の塊も分極

 一見,これは放射による加熱と似ています。 しかし,通常の放射加熱では熱源の温度が高いのですが,電子レンジには熱い熱源はありません。
 じつは水の分子は図 2.17(a)のように,二つの水素が直線ではなく,半端な非対称な角度で酸素にくっついています。 すると,水分子中の水素原子の電子は,より陽子の数が多い酸素原子に引き寄せられた状態になります。
 そこで水の分子は,一つ一つ+,−に軽く電気を帯びた状態(分極という)になっています。 炭酸ガスなど多くの分子では,原子が直線状にくっついているので,分子内部で分極現象があっても対称的に分極するので,外部にはほとんど影響が出ません。
 水の分子一つが電気を帯びていても,水全体としてはそれがごちゃごちゃになっていますので,全体では電気が発生することもありません。 しかし,水分子は分極しているので,自然と図 2.17(b)のように+,−が引き合って,全体がおおきくまとまっています。
 このため水の表面張力はかなり大きく,水銀や“はんだ”などの融けた金属ほどではないですが,水玉ができたり,満杯の水がコップの縁で盛り上ったりします。
 +,−で引き合った水のまとまりは,一定の状態を保っていないで,熱振動によって広場にいる群集のように,瞬時(1pピコ秒=1兆分の1秒の水準)に位置や結合相手が入れ替わっていると考えられています。 数個〜数百個単位の大きさの水分子の塊が,瞬間的には他の水分子との+,−の引き合いが弱くなり,独立することもあります。 この水塊は,瞬時には全体が+,−に分極している可能性もあります。
 電子レンジでは,以下のようなりくつで水分を加熱していると考えられます。

   (a) 日本で電子レンジで使われている電波は,おおよそ波長が12cm(2.45GHz)である。 この電波が金属の箱の中で反射しながら何回も暖めたいものを通過する。 暖められるものを部分的に見ると,ほぼ同じ電圧が同時にかかっているとみなせる。
(b) 電波で水に外から電圧をかけると,水の分極が外から与えられた電圧の向きに揃うようになろうとして,磁石を近付けた砂鉄のように,水分子の位置や向きがわずかに変わる。
(c) 位置や向きが微妙に変わることで,外部から与えられた電圧を相殺するような,水分子がまとまった大きめの分極が図 2.17(c)のように現われる。
(d) この分極は,質量がある水分子の動きの結果であるから,かけた電圧の変化(電波の振動)に対して,どうしても少し遅れる。
(e) 遅れは,粘っこい水の分子相互間の摩擦と解釈できる。 摩擦があると摩擦熱が発生する。

★ レンジの意味

 電子レンジのレンジRangeは非常に意味が広い英単語です。 調理器具としてのレンジはオーブンOvenとほぼ同じ意味です。 英語では(Microwave ovenマイクロウェーブ オーブン)といいます。 ちなみに中国語では,英語を直訳して「微波炉ウェイポールゥ」と呼びます。


Q 2.17 電子レンジの加熱方法
 電子レンジで水分を加熱している電波は,どうやって作るのですか。 また氷は,電子レンジで効率よく加熱できないのはなぜですか。

[A]
 図 2.18は電子レンジの構造で,電子回路を使って強力な電波を発生して,電子レンジの加熱箱の中に放射します。

図 2.18
電子レンジ

 電波は水のように分子に分極がある物質だけに作用します。 水分がない油脂などはほとんど温まりませんし,ガラスや瀬戸物・樹脂の容器も直接は暖まりません。 水が結晶した氷は,遊離した水がないので,簡単には電波で揺さぶりをかけることができません。 ただ,凍ったものでも常温下に置けば,空気に晒されている面からすぐに水になりますので,電子レンジでも解凍はできます。
 電気を通す金属類は,電波を反射あるいは吸収してしまい,うまく加熱できません。 金属で装飾を施した皿などを,無理に加熱すると火花が出ることもあります。 また,洗ったペットなどを電子レンジに入れて乾かそうとした事例がありましたが,細胞内の水分が加熱されて死んでしまいます。
 電子レンジ用の強力な電波は,図2.18右側に示したマグネトロンMagnetronという二極真空管で発生させるのがいちばん安価で簡単です。 現在でも真空管が使われています。 マグネトロンは高い電圧をかけて動かしますので,この高電圧が漏れるとたいへん危険です。 そのため,緑のアース線はかならず地面につないでおきます。
 マグネトロンの中心には陰極(Cathodeカソード)があり,ここをヒータで数100 ℃以上に加熱すると,電子が真空中に飛び出します。 この電子が,強力な磁石の間の空間をグルグルと回ることで,強い電波が発生します。 電子は最終的には陽極(Anodeアノード)に飛び込みます。 八つある小さな部屋は,電波を2.45GHzで共振させるための空洞です。
 マグネトロンにつながっているアンテナAntennaから発射された電波は,導波管で電子レンジの加熱部分に導かれて,内部の水分を加熱します。

Q 2.18 ISMバンド
 電子レンジはなぜ2.45GHz の電波を使っているのですか。 スマートフォンを電子レンジが動いているそばに近付けると,WiFiがつながらなくなるのはなぜですか。

[A]
 2.45GHz を使っている理由は,無線通信と電気通信分野における標準化と規制を確立することを目的としているITU(International Telecommunication Union:国際電気通信連合)が,このような用途に使える周波数を決めたからです。 電子レンジで使用している2.45MHz を中心とする2.4〜2.5GHzの周波数は,主に産業・科学・医療用に割り当てられていて,ISM(Industrial,Science,Medical)バンドBandと呼ばれています。 ISMバンドは2.45MHz帯以外にも,表 2.2のようにいくつかあります。

表 2.2
ISM周波数の
割当て
 * 無線LAN,コードレス電話機,Bluetooth,VICS,RFIDなど

 ISMバンドは,本来は無線通信以外の電波利用(高周波利用設備)に用意されたものです。 ラジコン(商標名)を初めとする電波リモコンや簡易無線にも,昔から使われて来ました。
 情報関係技術の発達で,2.45GHz帯は電子レンジ以外にも,無線LAN(WiFi規格も含む),コードレス電話機,Bluetoothブルートゥース ,VICS(Vehicle Information and Communication System:道路交通情報通信システム)など,近距離無線通信にも広く使われるようになりました。 そのためこの周波数帯はたいへん混み合ってます。 動いている電子レンジの周りでは電波が混線して,通信機器が使えなくなることがあります。
 なお,JR東日本のスイカSuicaなどを初めとするRFIDタグTagは,13,560kHz 帯を使っているのが多いですが,電波によらずIHレンジと同じような電磁誘導を使って,スイカが使う電力や信号を送っています。

*   *   *
★ 水が吸収する電波
図 2.19
水による
電波の吸収
  □はChem. Phys. Lett., vol.165, no. 4, pp.369-373, 1990より,
  ○は同vol.118, no.6, pp.622-625, 1985より,天羽あもう氏が引用・合成
  同氏の発表HPのpdfより引用後,本書著者が日本語化
  (なお,2015/12/19現在,当該pdfファイルは見当たらない)

 水は図 2.19のグラフに示すように,10〜30GHz付近の電波の吸収効率がいちばんよいです。 電波が2.45GHzの場合は,水の表面から10mm位までで電波の約半分が吸収されます。
 なお電子レンジの通俗解説などに,“2.45GHzという水分子と共鳴しやすい周波数に設定されている”ともっともらしく書いてあるのは,完全な間違いです。 このような低い周波数では,水分子は電波と共鳴しないことは,図2.19のグラフを見れば明らかです。

★ 水のクラスタ説

 図2.17(c)のような水塊は,通常クラスタCluster(葡萄や花などの房を意味する英語)と名付られています。 純水の中で瞬時に出来て消え去るはずのこの幻の水塊が,一定時間以上安定に存在して水のふるまいが決まる,ということを主張する人がいますが,正確に確かめることに成功した人はまだ誰もいません。
 したがって,“クラスタの大きさが小さい水は美味しい水だ”という主張は,今のところ学問的な裏付けがない擬似科学です。 温度が上がると,水分子の自己振動が大きくなるので,たとえ水塊はできても大きさは小さくなります。 クラスタ説のとおりなら,温度が高い水はすべて美味しいことになります。
 なお,アルコールAlcoholと水はどんな割合でも混ざり合いますが,各分子が完全に隣合せになっているのではなく,アルコール分子の疎水そすい性の側を内側にしてクラスタ構造になっていると考えられています。 これが,“船で揺られた灘の下り酒は美味しい”とか,“超音波を当てるとお酒が美味しくなる”という経験則と,アルコールのクラスタとの関係を示しているのかもしれません。 しかし,このアルコールのクラスタと水のクラスタとは,化学的にも物理的にもまったく異質の概念です。


Q 2.19 人体への影響
 携帯電話の電波で,人が暖まることはないのでしょうか。

[A]
 電子レンジで使用している周波数は,
Q 2.17で示したように2.45GHzです。 この周波数が携帯電話に使用している周波数領域と近いので,そのような疑問は当然です。 一般的に,電子レンジや携帯電話で使っているマイクロウェーブのような高い周波数の電波は,Q2.16で説明したように水を加熱します。
 ですから,携帯電話の電波もすぐそばにある身体を多少暖めます。 その分,携帯電話から基地局のアンテナAntennaに向けて発射される電波の強度は下がります。
 しかし携帯電話の電力は,電子レンジの500W以上と比べると1,000分の1 以下ですから,問題とはならないでしょう。 むしろ,Q1.30で触れたように,心臓ペースメーカを付けている人は,加熱操作中の電子レンジに近づく危険性を心配すべきかもしれません。
 水のふるまいについてさらに詳しく知りたい場合は,図2.19に示した文献に当たってみるとよいでしょう。

Q 2.20 高周波誘電加熱
 隣の町工場でビニール製品の加工をやっています。 以前は機械が動くとよくテレビにしま模様が出ました。 屋根上のアンテナを止めてCATV(Cable Televisionケーブルテレビ)にしてからは,ほとんど出ません。 なぜですか。

[A]
 高周波ウェルダWelderなど,高周波利用機器による典型的な電波障害です。 塩化ビニールVinylは高周波をかけると簡単に融けてくっついてしまうので,加工し易くよく使われています。
 地上波ディジタル化した現在では,アンテナを使っていても影響はほとんどないでしょう。

図 2.20
誘電による加熱

 図 2.20のように,分子が分極していて高周波に対する損失が大きい絶縁物に高周波をかけると,電子レンジによる水分の加熱の場合と同じように,電極の間に置かれた絶縁物内の分子が揺ぶられることで発熱する誘電加熱で接着します。
 電子レンジと異なるのは,マイクロウェーブの電波を当てるのではなく,27.12MHzや40.68MHzといった低いIMS周波数の電圧を,絶縁物の両側からかけます。 すると絶縁物内で分極が一斉に動きます。 もちろんアンテナから電波を発射してはいないので,遠くまでは影響は及びませんが,ご近所や電源線が近いところには,雑音となって電波を利用している機器に影響を与えます。

*   *   *
★ ラジオ波焼灼法RFAと電気メス

 ラジオ波焼灼しょうしゃく法(RFA; Radio Frequency Ablation)は,主に肝臓癌や肝臓転移した癌の治療方法として,患部に太さ1.5mmほどの針電極を差込み,Radioラジオ波と言われている450〜470kHzの高周波をかけることで,患部を100℃程度まで加熱し,熱に弱い癌細胞を殺す方法です。 大きさ5cm未満の初期の単発肝臓癌に対しては,最初に検討する治療法になっています。
 これも電波によるのではない誘電加熱の一種です。 手術の際に素早く止血できる電気メスMes(蘭語,日本でのみ使っている用語)も,同じりくつで同じ周波数帯を使っていますが,より局所的に加熱できるよう数MHzと周波数を高くした電気メスもあります。

★ 低周波治療器

 腰などの筋肉を傷めたときなど,整形外科や整骨院では“低周波”という機械で暖めてもらうと調子がよいことがあります。 また,安価な低周波治療器も売られています。 よく間違える人がいますが,これらは電波や誘電で加熱をする治療器ではありません。
 身体に電気を流して電熱で直接暖める医療器具でもありません。 低周波治療器自体は,人体への漏電による危険防止のため,電池で動くものもあるくらいです。
 身体が暖まったように感じるのは,解剖したかえるの足を動かす実験と同じように,この治療器による刺激で,筋肉がピクピクと収縮して自分で発熱するからです。 肩や腰を揉んでもらった後,血行がよくなって暖かく感じるのと同じような,身体の側の生理現象です。

図 2.21
低周波治療器の刺激

 図 2.21のように1〜0.01秒という比較的長い間隔で,千分の1秒以下の幅の狭い正負の刺激を皮膚から筋肉に伝えると,その誘導で流れた電流で,筋肉を動かす神経が刺激されます。 2.5kHz程度の中周波刺激をバーストBurst(爆発する,一度にどっと出る)で与えるとさらに効果が大きくなるとされています。




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