Dr. YIKAIの言いたい放題「日本の世相と中国関係および教育」

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2016年版「日本の世相と中国関係および教育」2017年版「日本の世相と中国関係および教育」
2018年版「日本の世相と中国関係および教育」

2019年4月5日 華為と令和
2019年4月28日 石頭
2019年7月13日 敵性語
2019年11月21日 量詞「枚」
2019年12月21日 道徳政治(12月2日追記)


2019年4月5日 華為と令和

 中国の人民解放軍に関係が深いと言われている通信機器会社の「華為」が,spy機器を世界にばらまいていていると,米国政府から名指しで排除されつつある。 日本を含む米国とのinternet接続で関連が深い国々も「華為」外しを検討したり表明したりしている。 この事自体に対しては,中国政府と当該企業「華為」は事実無根として反発を強めているが,米国は何らかの証拠を有していて,米国発のsystemと技術であるinternetを中国に乗っ取られる危険を排除する挙に出たものと思われる。

 ところで日本の報道機関は,外国の固有名詞を現地の発音に近いカタカナで表記することにしている。 この「華為」も「カイ」と日本語の漢音では読まないことになっていて,「ファーウェイ」と書いている
 たしかに,「華為[Huáwéi]」は普通の日本人が聴くと「ファーウェイ」に近い音かもしれない。 しかし,かなり流暢な中国語を話す養豚家としては,より近い音は「ホァウェイ」だと思う。 なぜなら,中国語の子音/h/は英語の/h/とは異なり,喉で息をこすらせて出す無声咽頭(摩擦)音の一種だからである。 一方,日本語の「ファー」の子音は無声両唇(摩擦)音[Φ]で,聴くと英語や中国語の無声唇歯(摩擦)音[f]に聞こえる
 また「華」は二重母音であるのに「ファー」は単母音の長音でしかない。 「ホァ」は日本語では2拍になるが二重母音と言えるので,こちらのほうがより近い音であると思う。

 さらに,日本語には中国語のような声調がないから,日本人が「ファーウェイ」と言うと,中国人の耳には多分[fāwēi](=發威)と聞こえるであろう。
 「發威」は中国商務印書館発行の『現代漢語詞典』によると,意味は「顕示威風(=自分の偉さを顕示する)」とあり,例文としては「他從不対部下發威動怒(=彼はいままで部下に偉ぶって怒ったりしていない)」とある。
 日本の普通の漢和辞典や広辞苑には「發威」という語は出て来ないので,多分中国語だけで使われているのであろう。 中国の時代物の映画やdramaの裁判の場面を観ると,「昇堂,威武」という掛け声と共に開廷する。 これも一種の「發威」であるのかもしれない。 日本の時代物のお白洲で「控えい」などと威嚇するのと良く似ている。
 ということで,「ファーウェイ」という音は,中国人が聴くと脅かされていると感じるかもしれない。

 話は変わるが,別の意味で今回決まった平成の次の年号“令和”についても,同じようなことが言える
同じ漢字の令和を使った名前が付いている人が全国に何人かいるというnewsはすぐに飛び交った。 さらには中国では令和がすでに商標登録されている,という話もある。
 同名の話は年号が決まった後に,同じ名前を個人や企業・学校などに命名する話は山のようにあるので,すぐに話題から遠のくであろう。 ただ,商標登録については問題が起きるかもしれない。 それは,日本で令和が入る社名などを付けその会社の商品が中国に出回ると,商標権を楯に使用料を請求される,危険があるということである。 金儲けだけにしか興味がない中国人であるから,この商標を有している中国人は,多分大儲けの好機だと思っているであろう。 令和と命名する場合は十分用心した方がよい。

 さて,今回の年号が令和に決定するに当たっては,復古主義的な安倍総理の意向も影響したかもしれない。 しかし,韓国の中央日報は4月4日の紙面で

 令和という年号を考案したとされる中西進大阪女子大名誉教授は,普段から「朝鮮半島から日本に来た渡来人が万葉集に載せられた日本の歌に大きな影響を及ぼした」という持論を有する知韓派学者だ。
 彼は「朝鮮半島で百済と高句麗が滅亡し,多くの人たちが日本に渡ってきた。その当時(渡ってきた)渡来人が万葉集に大きな影響を及ぼした」と述べていた。韓半島(朝鮮半島)で詠まれた詩歌が海を渡り,後に万葉集にある日本の詩歌に影響を及ぼしたのだ。

と主張し,この年号は韓国起源であるというこじつけを行っている。 養豚家は当時朝鮮半島南部にいた人々が現在の韓国人と文化的つながりはおろか,遺伝的つながりさえも希薄ではないかと考えている。 北米の少数民族のインディアンの文化を,侵略者と移民の子孫である現在の米国人が自分たち固有の文化である,と主張するおかしさとまったく同じ次元であることに気が付かない現代韓国人の脳軟化症状態に,養豚家は哀れを誘われる。

 さらに,養豚家を含む幾人かの人が「令和」のRoma字読みについても懸念を示している。 というのは,日本語の「ら」行音は/L/音の一種でしかも英語の/L/や中国語の/L/と似てはいるが異なり,調音時に舌が歯根から離れるハジキ音なのである。
 英語や中国語のnaitive話者が実際に「ら」行音を聴くとほとんどが/L/と聴き取る。 したがって彼らがそのまま素直に記述すれば「LEIWA」となる。
 しかし,日本政府はいろいろと問題が多い訓令式の日本語のローマ字表記にしたがって,「REIWA」とすると言う。 相変わらず安倍と自民党は,韓国や中国から舐められるにも拘わらず,無理してこじつけた復古思想を国民に押し付ける愚を犯すようだ。

 じつは,今回あまり表立って提起されていない重大な問題は,日本の役所が国民に年号の使用を事実上強制していることである。 実際に国際関係を取り扱っている省庁では,多くの場面で年号を使う不便さを感じている。 今回の改元を期に,外務省は西暦を優先表記する方針を発表したが,菅官房長官がこの方針を否定した。 戦前の国家思想と軍国主義の復活を望む復古主義者たちが国民に不便を強制している。
 国だけではなく,地方自治体もすべての書類に憲法上の根拠もないまま年号表記を強制しているのが日本の実情であり,現在の日本の閉塞感はこれらの慣例主義と復古思想が生み出していると言える。
 強制的な夫婦同姓および年号使用は,日本が今後伸びていくのに不必要な葛藤と不要なcostを生み出し,結果としては国民のやる気の無さを助長していると言える。 今までの中国や現在の印度のように生産年齢人口(15~65歳)が増加しているときは,いくつかの制約も気にしないで国は成長するが,生産年齢人口の増加が鈍りやがて減少局面を迎える(日本では1995年ごろにpeak outした)と,小さな障碍が国の成長に大きな負の影響をもたらす。

 韓国や中国に目を向けると,このような状態は日本だけではない。 反日主義や特定政党による独裁思想で,日本よりもさらに厳しく言論の自由が事実上制約されているこれらの国々では,日本よりもhigh paceで成長の落ち込みが発生するであろう。
 自由な発言や行動が制限されると,人間はつねに江戸時代のように保守的になってしまうのである。

 韓国では合計特殊出生率がすでに1.0を割り込んでいて,2017年には生産年齢人口がpeak outした。 日本では人口増加は2008年ごろにpeak outしたが,韓国では辛うじてまだわずかに人口増加が続いている。 しかし,韓国も就業人口(通常生産年齢人口よりも少ない)の減少により,現在の成長率を維持することは数年後には不可能となるであろう。
 中国でも事情は同じである。 毛澤東の産めよ増やせよ政策の結果として,人口急増の恐怖から1979年に一人っ子政策を採用して人口増加の抑制を図ったが,将来の人口減少に不安を感じ2015年にこの政策を廃止した。
 しかし,教育費や資金難による結婚難と男女比率のunbalanceを背景に,AFPの今年1月4日の記事によると,中国でも2018年に人口はpeak outしたと見られる。 数年の誤差はあっても今後は人口は下がり続けるであろう。 さらに,2018年には就業人口が減少に転じている。

 これらの人口減少の局面で成長を続けるには,各個人の生産性を高めるしかないが,そのためには個人の自由な発想と行動を制限しないことが大切である。
 韓国や中国の過去の成長は,先進国特に日本の技術を盗んだり真似をして,人口増と輸出増の規模の効果で追いついた結果である。 自らの手で多様性や新規性を打ち出したものではない。
 日本もこのまま夫婦同姓や年号強制などの復古主義的な制約を続けていくと,当然ながら残り少なくなった多様性や新規性への行動力が萎縮して,老大国になってしまうであろう。 かつての眠れる獅子とよばれた清王朝がその良い例である。
 Nobel賞受賞者が5年間一人も出なくなったら,その時こそ日本が後戻りできない衰退の状態になったと言ってよい。

 養豚家? 多分そのころには息をしていないと思われるので,今は,無責任に“知~らない”と言う。



2019年4月28日 石頭

 去る4月19日の昼過ぎ,87歳の老人である飯塚幸三元工業技術院長が運転する自家用車のプリウスがガードレールに接触したのを切っ掛けに,時速100km/hを越える速度で赤信号を無視して約150m暴走し,ゴミ収集車を横転させて止った。 この間に公園から帰宅途中の母子(31,3)を青信号の横断歩道上で轢いてほぼ即死させた。
 4月24日被害者の夫であり父親でもある松永さんは,記者会見を開き自分の心境を「私は自分の寿命が尽きるまで,妻と一緒にいると信じていたが,たった一瞬で私たちの未来は奪われた」と語った。
 犯人の飯塚幸三は食事の予約時間に間に合わないと急いでいて無理な運転をし,多分最初の接触事故後に,頭がカーッとなり,ブレーキの代りにアクセルを思い切り踏みこんで,車を止めようとしたのだと思う。 よくあるAT車の暴走事故である。 ドラレコに残る音声「アクセルがもどらない」はこれを意味しているようだ。 ドラレコには死の直前に子供が目を見開いている場面も映っていて,父親は辛くてこの映像を観ることができないそうである。
 警察は各操作状態を記録したEDRの解析前に,この音声を公開した。 しかし,これは本人を逮捕しない忖度に理由を付けるためのような気がする。
 どのみち,アクセル関係には問題がないことがすぐに判明し,単なる運転ミスであることが判明した。 すると次の議論として,AT車が議論の対象になり,老人にはMT限定免許はどうか,老人は急発進対策車以外は運転を許可するな,などという本末転倒な議論にまで発展した。
 ところが,飯塚幸三は事故後すぐに非常に冷静な判断をしている,すなわち事故後警察や消防への連絡に先だって,倅に電話して以下のようなことをやってのけた,という。

  ・自宅電話番号 ……変更
  ・FaceBook ……account削除
  ・Twitter ……account削除
  ・Streat View ……自宅にmozicをかける
  ・Wikipedia ……編集pageをlock
  ・経済産業省の勲章贈呈page ……削除

 当然ながら,これは認知症からはほど遠い頭脳明晰な元上級職国家公務員である上級国民の冷静な判断と行動である。 飯塚老人の免許更新時の認知症検査の結果は,100点満点で76点以上の正常値だったと巷間には伝わっている。

 ところで,この元役人ほど手早く物事の処理はしないようではあるが,私が参加している中国語の勉強会にも80代半ば過ぎのご老人がいる。 かれは,中国語のほかにゴルフ,俳諧などの趣味多彩でいまだに300通以上の年賀状を送るという矍鑠かくしゃくとした独居老人である。
 この方が先日,養豚家の中国事情の説明に異を唱えた。 中国のTV dramaの声は吹き替えだ,と養豚家が説明したことに反論して,吹き替えには大変な費用がかかることと,俳優のprideをたいへん害するから,そんなことはあり得ない,主張したのである。
 じつは中国の映画やTV dramaはほとんどが吹き替えを行っている。 たとえ本人の声を使うときでも吹き替えをするのである。 吹き替えをするにはいろいろな理由があるが,

  ・演技の途中の声は息が切れて,はっきりとした発声が聴き取れないことがある
  ・俳優によっては訛りがある者がいて,標準語での放送やnet配信に向かない
  ・広東語や福建語(台湾語)など他の方言にして放送することが多い,もちろん外国語もある
  ・不適切な内容を後で検閲できる

などである。 多分最後の理由が一番大きいような気がする
 この件は,すぐ後に中国語勉強会の先生がやってきて,先生が養豚家の主張を支持したのでケリがついた。

 さてここでの主眼点は,以上二つの例からも分かるように,老人の思い込みである。 簡単に言えば歳をとると,誰でも大かれ少なかれ「石頭」になって,広く物事を認識する能力というか余裕がなくなるのである。 認知症の発症による運転能力の低下などは,測定に引っ掛かった時点でもう議論の外の問題である。
 運転だけではなく,すべての生活において思い込みが視野を狭くする。 事故は認知症の発症が主原因ではなく,思い込みによる判断間違いで簡単に起きるのである。

 もちろん韓国人のように国民のほぼ80~90%が,勝手にすべて日本が悪いと思い込む可笑な国もある。
 思い込みは,現在の認識や判断に影響を与えるが,それは過去の記憶を固定化したり改竄してしまう脳の障碍であり,どれが思い込みであるかを簡単には計測したりその修正ができない。 普段からつねに広く物事を受入れていて,一旦落ち付いた思考を経てから次の行動や発言に移すようにしていかないと,成人する前の若者でも簡単にIS(Isram原理主義の団体)の信者になってしまう。 と言うか,むしろまだ社会を知らない若者ほど思い込みで行動や発言し易い。 韓国でも,若者ほど反日教育が詰め込まれているせいか,反日言動が酷い。
 ただ,いつも思い込みで行動したり考えを決めていると,新しい物事を見つけ出したり創り出すことは難しい。 その証拠に,韓国人ほどではないがすぐに思い込みで行動する人が多い中国は韓国に似て,日本ほどNovel賞受賞者を出していない。 韓国に至っては極めて政治的なNovel平和賞の受賞者金大中がたった一人いるだけである。
 韓国人が自慢している輸出品やserviceはすべてcommodity(註1)化したものである。 自国で創出した商品やserviceはほとんどなく,パクリと安売りで世界市場に進出したのであるから,当然である。 これが思い込みが激しい国民が作る国家である。 もしArab諸国のような地中資源がなければ,世界中の競争相手とず~っと安値競争を続けて行かなくてはならないのだ。

 さて石頭化すると,どんなに賢い人でも物事の一面だけしか見ない認知biasがかかってしまい,正確な判断がし難くくなる。 個人の内は,暴走事故や詐欺とも言える諸投資やオレオレ詐欺に引っ掛かる程度で済むが,国levelで国民の石頭化が進むと大変である。
 中国もこのところ毛澤東の時代に戻ったかのような,ひらめ(註2)状態になりつつある。 経済が発展すると必然的に保守的な考えが出てきて,国民が石頭化するのであるが,上から率先してそれを国中に拡げる愚は,韓国だけにしたいものである。

 養豚家も,石頭にならないように,いろいろと興味を持つようにしたい。 まあ,せいぜい後10年ではあるが……。


註1
 完全または実質的な代替可能性を持つ商品またはserviceのことを指す。 基本的には価格,納期,品質の三つだけで勝負する。 支払条件は価格に含まれる。
 嗜好というtermが加わった時点で,その商品やserviceはcommodityではなくなる。 逆に如何に嗜好を乗せて,非commodity化したところで勝負するかというのが,商売人の立場であろう。

註2
 鮃(平目)は底魚で,砂地に平たく伸びているので,二つの目は上側にしかついてない。 すなわち上しか見ない極度の認識bias状態である。



2019年7月13日 敵性語

 Net上のnews誌「NEWSポストセブン」にfree writerの清水典之氏が寄稿した内容によると,韓国の学校を中心に「日本語狩り」が始まっているそうである。

 韓国人としては,去る7月1日に日本が通告した韓国を貿易相手国としてのwhite国対象から外し,中国や台湾などの他のAsiaの国々と同じ扱いをするという事務levelの処置が痛くprideを害したらしく,何としても日本の影響を排除したいという心情の現れであろう。 韓国は,戦後長い間日本の文化を一切入れさせない政策を採用してきたにもかかわらず,排除できなかった日本語由来の用語を今になって積極的に狩り出すというのである。
 日本文化の排除は,1998年にようやく漫画などの出版物が一部解禁になったのを皮切りに,2004年まで段階的に解禁範囲が拡大してきたが,まだ地上波TV放送では,歌詞や言葉に日本語の要素があると,放送禁止になっている。 たとえば2014年,K-POPの「CRAYON POP」の新曲『オイ』の歌詞あった「ピカポンチョク」という言葉の「ピカ」が日本語の「ピカピカ」を連想させる,という理由で放送禁止になった。
 このような稚戯に等しいくだらない粗探しが,現在の韓国では依然として続いている。

 Soul市がある京畿道では,道内の小・中・高校に対して「学校生活の中の日帝残滓発掘調査」を実施したそうである。
 もともと1910年の日韓合邦以前には,大韓帝国には近代的な意味での学校はほとんど皆無で,教育事情は合邦から40年前の明治維新以前の日本と比べてもはるかに劣る状態であった。 したがって日本が合邦後の朝鮮半島に近代的な学校を設立したのである。

 日本においても,太平洋戦争中に英語を中心に言葉狩りが行われた。 たとえば野球界ではすでに,投手,捕手,打者,走者,四球,三振,直球,飛球,遊撃手など多くの用語が日本語化されていたので,残っていた和製英語ではない,Strike→よし1本,Ball→だめ,Out→ひけ,Safe→よし,Battery→対打機関,など強引に日本語化された。
 もちろん一般用語も,太平洋戦争当時の戦意高揚運動のひとつとして,一般民間人や民間団体による自己規制によって排斥された,と言う。 たとえば,アナウンサー→放送員,マイクロホン→送話器,フライ→洋天,キャラメル→軍粮精,コロッケ→油揚げ肉饅頭,カレーライス→辛味入汁掛飯,など意味が通じるものと何のことか解らなくなった言い換えが混在していた。
 明治初期に英語の概念を漢語を使って,Freedom→自由,Constitution→憲法,Society→社会,などと翻訳した夏目漱石や福澤諭吉などの多くの先達と比べて,何と次元というか意識の低さを感じる。

 明治期に訳出された概念は,同じように漢字を使う清国からの留学生の手を経て,中国でも広く使われるようになった。 極端な例としては,今の中国共産党の機関誌『人民日報』の政治・経済記事から日本語から伝来した用語を排除すると70%は空欄となり,その記事の言わんとしている内容はほとんど理解できない,とさえ言う人もいる。
 韓国・朝鮮においても事情は大差なく,日本からの直接伝来あるいは清・中華民国経由のいずれかにより,これらの西欧の概念は漢字をそのままにハングル読みで朝鮮・韓国語で使われている
 もちろん中国においては,元来漢字を創出した国であるためか,どこで産れた単語であるかについてのこだわりはなく,これらの日本製の熟語を以前からの自国語のように使っている。

 この時期に,日本語由来の単語を禁止するというのは,この7月頭に公開された韓国をwhite国から外す措置に対抗して始まった日本商品の排斥運動と重ねると,自縄自縛行為であることが分かる。 たとえば,日本商品排斥を訴えるための放送機器,新聞を刷る印刷機,日本商品排斥を旗に印刷する印刷機,旗を撮影する報道陣のcameraはすべて,日本の製品である。
 日本旅行の禁止を訴えているが,多分それは韓国の航空会社と観光会社および日本国内の在日韓国・朝鮮人系の宿泊施設・飲食店やservice提供業者を直撃するだけであろう。 彼らが目の敵にしている,韓国で売上を伸ばしているユニクロや朝日ビールなどの対韓輸出には多少の影響は出ると思うが,それもこれらの企業の全売上の1%にはならないと思われる。 多分,それらを扱う韓国内の韓国人業者の売上が減ることになるだけであろう。

 敵性語の排除などは,日本がすでに犯した愚行であり,自国の文化の発展には負の効果しかない。 韓国はこのままでは,中国をleaderとするRead teamに吸収されてしまうであろうし,文在寅に投票した韓国人もそれを望んでいるようである。 中国の属国になるならまだ少しましではあるが,韓国が半島北部の強権王朝に飲み込まれるとしたら,かれらの不幸は量り知れないものがある。

 養豚家は,最近何かと怪しくなってきた中国ですら行くのに躊躇するから,北朝鮮はおろか韓国にも観光に行きたくはない。 もちろん半島人とは交わりたくもない。 できればこのまま何の関係もない状態になって,この世とおさらばしたいと願っている。



2019年11月21日 量詞「枚」

 私の知人が中国で烏骨鶏の卵(烏雞蛋)を買って焼いて食べてみて,とても美味しかったという話をしてた。
 中国では卵というか食品は,基本的には重さで売っている。 1斤(大陸中国では500g,台湾では600g)当りの値段が表示されていて,買いたい分量を量ってもらって,値段sealを貼ってもらってからレジに行く。 街中の普通のお店ではその場での量り売りである。
 知人がいる街では卵は比較的高価で,1斤(S sizeで10個程度)で10元ほどし,烏骨鶏の卵は普通の卵のさらに1.5倍程度の値段だそうだ。 卵は「超市(super marcket)」では日本のと同じような12個入りのpackでも売っているが,ばら売りと比べると割高だそうである。

 ところで,知人からの話は卵の味ではなく,卵を数える単位が「個(个)gè」ではなく「枚méi」なのは何故かということであった。 確かに日本語では「枚」は堅くても柔らかくても平たいものを数える単位であり,硬貨を数えるのにも使うが,卵は「枚」では数えない。
 実際に,言葉というものは,時の流れによって変遷するものである。 さらに,同じ言葉でもそれが始めて使われた場所から別の場所に伝わると,意味の範囲が変わったり,狭まったり拡がったりする。 たとえば,日本語では向い合った相手に対する呼称(二人称代名詞)の敬意が時代が経つと低下する傾向がある。 そこで「枚」についていろいろと調べてみた。

 調べるに当ってのやり方としては,①現状の分析から調べるのと,②過去の資料があるときは過去から調べる方法がある。 前者は考古学や歴史学あるいは言語学でも採用されている手法であり,調べた結果が概ね正しいと推定されるときには,学会内共通の認識となり,その結果を後者の手法の根拠にできるし,教科書にも書かれたりする。
 この推定とても,過去の同時代的な証拠が新たに提示されると,話が逆転してしまうこともある。 たとえば,奈良の御所市にある中西遺跡で新たな水田跡が発見されたという今月20日のnewsに対して,朝日新聞の記事のみに「弥生時代初めに稲作が朝鮮半島から日本列島に伝わったとされるころから」という,発表した橿原考古学研究所の原文には書かれていない文言が挿入されている。
 稲作朝鮮半島伝来説は,今世紀に入ってまもなく,関係各国に現存する稲の遺伝子調査の結果によって完全に否定されている。 にもかかわらず朝日新聞は,読者をして無理にでも韓国がまだ頑固に主張する稲作半島伝来説へ誘導し,現在の韓国との仲を取り持とうという意図が透けて見える。 従軍慰安婦誤報問題以来続く,朝日新聞の意図的な錯誤記事の疑いさえ感じられる。
 閑話休題。

 後者は,過去の調べた結果が蓄積されていたり,一次資料が山積されている際に使える手法である。 「枚」は漢字であるので,とりあえず清代の碩学段玉裁が著わした難解至極な『説文解字註』で調べてみた。 「枚」の項の註釈には:

  毛傳曰:幹曰枚。引伸爲銜枚之枚,爲枚數之枚。
  幽風傳曰:枚微也。
  魯頌傳曰:枚枚礱密也。
  皆謂枚爲微之假借也。


と書いてある。 すなわち:

  毛伝では,木の幹を枚という。
  意味が拡がって,銜枚の枚と為り,枚数の枚と為る。
  幽風伝では,枚は微なり。
  魯の頌伝では,枚枚礱密なり。
  みな,枚は微の仮借となっている,という。

 ちなみに,「銜枚xiánméi」は昔軍隊が秘密行動するときに,口に横に箸のような棒を咥えて,声を出さないようにしたこと。 「枚枚」は細密なことで,「礱lóng」は磨くという意味。 で,「微」の代りに小さな物を指す仮借字になったそうだ。

 量詞としての「枚」は,既に漢代始めに著わされた歴史書『史記』の中では使われている。 したがって日本へは量詞になった状態で伝来したと思われ,「幹」の意味や「口に横に加える細い木の枝」という意味は失われていた,と推定できる。
 現代中国語では「枚」は基本的に書面語で使われ,硬貨など手で持てる程度の物を指すようである。 養豚家の大好きな武侠小説では,「她一个旋身,手中已然多了一枚暗器。」などと使っている。 さらに「三枚紀念章」や「四枚郵票」などバッジや切手にも使える。
 一方,日本語では「枚」は中国語よりも使える範囲が拡がっていて,中国語の量詞「張」の分野にも使う。 たとえば,看板や黒板・屋根・皿・DVDやCD・紙類・写真・布・絵画など,およそ扁平状の物を数えるのに広く使える。

 ここで,話は大きく飛ぶが,日本では戦前は中国語学習に対して,このような緻密な仕事はしていなかったようである。 右の囲みの例を見ていただきたい。
1938年浩文社刊『單語と會話 標準支那語早學』の一節
早川 タダノリ著『神国日本のトンデモ決戦生活』ちくま文庫2014刊,p136-7より引用
(引用元が新漢字になっている部分は旧字体に戻し,
中国語の発音を示したフリガナは省略した)

日軍是世界上最强
中國打破了
嗐站住
我問儞
儞不肯說實話把儞的命要了
這邊兒有多少兵
我們要猪牛鶏鴨甚麽的
現在都育甚麽靑菜
有多少給送多少來
儞叫甚麽
幹甚麽
搜搜儞的腰
儞是化裝苦力偵察軍情來的
快招認
不然槍斃

日本軍は世界中で一番强い
支那は負けた(文法が変)
オイ止まれ
お前に訊ねる
本統のことを言はないと命を取るぞ
この邊に兵隊はいくらゐるか
吾吾は豚牛鶏家鴨等が必要なのだ
今どんな野菜があるか
あるだけ持って來てくれ
お前は何と言ふ名だ
何をしてゐるか
身體檢査をする
お前は人夫に変装して軍情を偵察に來たのだらう
早く白状しろ
でないと銃殺するぞ

 石原莞爾が成功を納めて実力者として君臨した満州国に対抗してか,日本陸軍の現地駐屯関東軍が跳ね上がって北支へ軍を進めて日中戦争が勃発した。 このとき,同文同種という変なsloganの下,陸軍の兵士に中国語の教育が施されたようである。

 中国は,鄧小平による改革開放政策により今日の経済的な隆盛を招いている。 しかし,国民は豊かになれば必ず自由を求めるものである。
 1965年,当時北京市副市長だった呉晗が書いた歴史劇『海瑞罷官[hǎiruìbàguān]』が,毛澤東の四人目の妻江青がbackに着いた上海の姚文元によって,この本は1958年に始まり3年後に大失敗に終わって数千万人の餓死者を出した毛澤東肝いりの大躍進政策(註1)を批判し,毛澤東党主席の意向に反するするものだ,として槍玉に上げられた。
 これが毛澤東が死亡した1976年まで11年間続いた,大躍進の失敗に上塗りする更なる人的災害を中国にもたらした文化大革命の始まりである。 養豚家はこのすぐ後の1966年4月に東大名誉教授の倉石武四郎博士が1964年秋に設立した日中学院に,本科第3期生として入学した。 もちろん,当時の情勢に鑑みて偽名で登録し通学した。
 当時日中学院が教室を置いていた旧満州国の善隣学生会館(註2)は,文化大革命に同調した中国人留学生と日本の極左団体が占拠するところとなった。 その後日中学院は1年近くの間,教室を求めての流浪の旅をした後,当時新築した内山書店の3,4階の借家人としての仮校舎での授業の日々を経て,旧来の場所に日中友好会館の附属施設として日中学院の建物が建造され,現状の姿になった。 したがって養豚家は上からの一色に染める政策には生理的な嫌悪を感じる

 歴史を時の権力者に都合がよいように解釈し,それを国民に強制・洗脳するのは,大は国家や宗教から小は家族の歴史に至るまで古今東西当たり前のように行われ,AsiaやIsram圏あるいは近代までの西欧国家では,それが国家統治の唯一正しい方法であると認識されてきた。 現在も多くの強権主義国家では,この統治方法がまかり通っている。
 自由主義国家であったはずの韓国では今も現実に強権統治が行われ,自由に情報に接することが出来るはずの韓国民の80%が反日一色に染められてしまっている

 「枚」という字の意味や使い方も,時と場所を隔てた後,「幹」という意味から紙の数量を数える量詞にと変化を遂げた。 人は変わるものであるし,国家も容易に変化する。 漢字のようなものも使う場所で意味が変わるのである。

 養豚家? すでに変わり果てて,そろそろこの世からおさらばする時期かもしれない。


註1
 大躍進政策では,農業の発展を期し,基盤が清朝末期(日本が事実上統治していた東北三省を除くと日本の明治・大正期のまま)の農村で,突然緑の革命を目指した。 まるで旧日本軍並の「成せば成る」という特攻精神であった。
 主な政策は農業の共同化で,中国では互助組,初級合作社,高級合作社,人民公社と文化大革命のstart時期までにかけて急激に従来の農村構造を壊滅的に破壊する共同化が押し進められた。

註2
 この建物は,日中平和条約締結後日中の共同管理となり,日中友好会館として建て直された。 日中学院は日中友好会館の下部組織として,会館の外れにある独立した建物に現存する。


2019年12月21日 道徳政治(12月26日最後尾に追記あり)

 さる11月20日に,安倍内閣が桂太郎の内閣存続日数2,886日を超え,憲政史上最長の内閣となった。
 しかし,これは決して喜ぶべきことではなく,日本人にとって大変不幸なことである。 なぜなら,この間国内の諸問題の解決はすべて先送りされ,一方新生児の数は年間90万人を割り,日本の衰退がもう戻ることが出来ない事態になったからである。 それなのに,史上最長にして史上最低と言える現在の安倍政権下では,小さな腐敗が進行しているのも事実である。
 一般的に言って,権力は必ず腐敗する。 これは昔から分かっていたので,長期間権力者がその地位を保つことを排除する方法がいろいろと考えられていた。 共和制Romaでは国家の非常時に,通常の二人制の執政官の代わりに任命された強力な権限を持つ独裁官も,任期は6ヶ月であった。 しかし,これもやがて終身独裁官となり,皇帝へと変貌してしまった。
 現在でも,米国大統領の任期は4年で,2期を超えて連続で大統領は続けられない。 共和制と言いながら共産党が一党独裁支配する中国でも,建前上は党主席の任期は5年で改選は1回限りであったが,いつの間にかRomaの独裁官と同じ道を辿り出したようである。

 さて,安倍は超小物なので権力の腐敗内容も小さい。 主に忖度という形で,いろいろと綻びが出ている。

1.2015年に起きた,就職活動として会社訪問した際に,TBSの幹部記者山口敬之が訪問者の伊藤詩織さんを泥酔させhotelに連れ込んだ件について,実行犯の山口が帰国した空港で準強姦の容疑で逮捕される直前にどこかで忖度が働き,逮捕中止となりかつ不起訴処分となった。
 幸いこの件は今月18日民事で賠償責任を負わせる一審判決が出たが,避妊具なしのsexであったにもかかわらず,安倍のお友達である(註1)との噂がある山口敬之は合意の上と強弁し,恥知らずにも居直り続けている。
2.2016年には安倍や昭恵夫人のお友達が理事長をやっている加計学園の獣医学部設置や森友学園への国有地廉価払い下げが,担当省庁の忖度で実施された。
3.2019年には総理大臣主催の桜を見る会に,安倍や自民党幹部の地元民が大量招待された。

 通常ならこのような忖度が暴露されると,内閣の支持率が低下し存続の危機を迎えるのであるが,運がよいことには支持率は40%台にとどまり,不支持率と拮抗を続けている。
 理由は簡単である。 安倍内閣がそれまでの自民党内閣とは異なり,対韓外交に対して韓国以外の他国に応対するのと同じような態度を取ったからである。 このような対韓政策に対し,今までなら自民党内の韓国利権派から異論が出て,腰砕けになるのが通例であった。
 これに面白くない思いをしてきた日本人が,複数の調査でも皆70%以上の人が今の安倍内閣の対韓政策に賛同しているのである。 今年10月に内閣府が行った意識調査では,71.5%もの人が韓国に親しみを感じない,という負の意識を持っている。 忖度が横行しても支持率が40%台に留まる大きな理由である。 韓国人観光客の九州離れを盛んに報じている朝日新聞などのマスコミを始め野党や自民党内の親韓派の行動は,一般の日本人には歓迎も期待もされていないということがわかる。

 去る7月1日に,日本が戦略物資の対韓国輸出について,従来の無条件許可制度を見直して,他のAsia諸国と同じような手続きを要するように変更した。 この件で道徳的優位性という自尊心を傷つけられた韓国では,韓国政府の下で国民が日本商品不買と日本旅行に行かない運動を展開した。 それ自体は表向きは効力を発揮したと見てよいであろう。 しかしこの不買運動は,日本企業を傷つけたというよりも,むしろ韓国の航空会社・観光会社と韓国内の輸入業者および在日韓国人が日本でやっている観光関連企業を直撃した。 約半年を経て,これに付随するいろいろなことについて,おおよその結果が出揃ったと見てもよい時期である。

 韓国では左翼政権の文在寅大統領の意向で,昨2018年秋からどんどんと反日が鮮明化し,時系列的には政府主導で主に以下のような行動に出た。

1.朝日新聞の意図的な誤報から大きく拡大したいわゆる“従軍慰安婦”問題の解決のために,日本は2015年12月末に韓国と合意し,韓国国内に2016年7月に財団を設立し,そこに日本政府から10億円を支出した。
  しかし,現政権の文在寅は,これは慰安婦全員の同意を得ていないから無効である,として2019年7月に一方的に財団を解散し,約1/3の未配付の自称元慰安婦の分の資金を,勝手にどこかに持って行こうとしている。
2.1965年の日韓請求権協定によって,韓国政府が日本から一括して無償3億USD,有償2億USD(註2)を受取り,戦時中の未払給料に充当することにし,日本および韓国は国および民間の一切の請求権をお互いに放棄した。
 しかし,実際に韓国政府はこの資金を個人に支払わずに,重工業の発展に使ってしまい,漢江の奇跡という経済発展の礎となった。 なおこの漢江の奇跡は,何故か2019年4月からの韓国の教科書から消されている。
3.昨年まで韓国以外の日本および世界各地で争われた民間請求権については,条約で解決済みということで,すべて却下された。 この負債は日韓請求権協定により韓国政府が負わなければならないにもかかわらず,2018年10月に現存の日本企業が負うべきであるという判決を韓国の大審院が出した
  判決の根拠は,日韓併合がそもそも不当なものであるから,日本企業の責任は日韓請求権協定とは関係なく消滅しない,というものであった。これに基づき日本企業の韓国国内資産に対して差し押さえがなされた。
  しかも,日本政府がこの件で日韓請求権協定の条文に基づき再三話し合いを持とうとしても,聞えない振りを続けた。 これは日韓請求権協定自体をなかったことにし,合わせて5億USDの受取りという事実をもみ消そうという意図であると推定される。
4.2018年末に,国際的に監視中の北朝鮮船による国連制裁違反の貨物の瀬取り中かもしれない状況を,海上自衛隊哨戒機が発見したところ,韓国海軍の駆逐艦による砲撃準備の火器管制用radar照射を浴びた。
  韓国海軍はこれに対して謝罪どころか,日本の哨戒機が危険飛行したとして,画像加工した映像まで公開して日本を非難した。
5.2019年8月末には日韓の軍事情報非公開協定であるGSOMIAを,米国の主導で結ばれた協定であるにもかかわらず,北朝鮮や中国の意向に沿うように破棄した。
  この件はみっともないことに,日本にとっては破棄されても全然効果がないうえ,米国の政・官・軍を激怒させる結果となった。 結果,協定終了の数時間前に韓国は破棄しない通知を日本にしてきた。
  さらに,韓国は日本が2019年7月から始めた,韓国に対する戦略物資の輸出個別認可制を緩和しないと,今後いつでもGSOMIAを破棄できると主張しているが,日本に対して効果がないものを振り回す愚挙でしかない。

 このような一見気が触れたような行動は,どのような原理から発生するのであろうか。 現在中国東北部に住んでいる朝鮮族からは,このような気違い染みた言動はほとんど聞えて来ない。 すなわち,長白山(朝鮮名は白頭山)の山頂にある天池から西に流れ出す鴨緑江と東に流れ出す圖們江(朝鮮名は豆満江)で満州(清朝を興した満州族の故地,中国では現在は東北と呼ぶが,以下旧称を使う)から南に区切られた朝鮮半島に住み着いて,国家を形成した民のみがこういう発想になるのであろうと推定される。

 そこで,養豚家にも多分誤解や齟齬が多々あるとは思うが,簡単に朝鮮半島の歴史を紐解いてみる。
 朝鮮半島北部から満州にかけて覇を唱えていた高句麗が,668年に唐に滅ぼされ,その地は唐の直轄地となり,朝鮮半島南部は統一新羅として残った。 唐滅亡後この半島北部の地は,渤海,契丹(遼),女真(金)などの北方諸族が支配することになり,支配種族の入替えと大陸からの避難民の流入で混血が進んだ。 この混血の民が半島北部の朝鮮人のDNAの基礎となったと推定される。 なお,日本人のDNAについては右枠内の記述を参照のこと。

日本人とAsia人のY遺伝子型
 男性の人種の区別は男性特有のY遺伝子を調べることで分かる。
 黄色人種(Asia人)を示すY遺伝子型がO型の人(日本では渡来人とか弥生人のY遺伝子と見られている)の中では,日本人にはO1型が多く,朝鮮半島人のDNA型は日本人と大きく異り,韓国での例ではO2型のY遺伝子型が44%を占めていて圧倒的に多い。 O2型は中国とその北方人の大多数を占めるY遺伝子型で,朝鮮半島にその北部から大量の人々が渡ってきた証拠とされる。 さらに現状では精密な調査が出来ないが,半島北部ほどO2型のY遺伝子型が占める割合は大きいと推定されている。
 一方O1型のY遺伝子型について言うと,春秋末期の江南の墓から出たY遺伝子型(O1b2)と九州北部と山口県にある墓主のY遺伝子型が完全に一致した。 これは日本のこの地域に,中国江南に住んでいた人々が渡来したことを指し示している。 なお,このO1b2遺伝子型は中国大陸ではすでにほぼ絶滅しているが,日本人の約34%とVietnum人の14%に残っている。 半島南部の韓国にも34%いるが,朝鮮北部では一気に分布が下がり,満州の朝鮮族にはほとんどいない。
 この型についてさらに下位の分類を見ると,大和人と琉球人にはO1b2a1a1型が圧倒的に多く,韓国ではO1b2a1a2型が圧倒的に多い。 このことからも,初期の弥生人の祖先は朝鮮半島経由で伝来したとしても,もうすでに半島にはその痕跡を留めていないことがわかる。
 一方,水稲の遺伝子の研究結果から見ると,ジャポニカ種の水稲は江南の地から直接日本に渡ってきた可能性が大である。 すなわち,中国では水稲のある種の遺伝子型が8種ある内,日本には3種しか伝わっていない。 一方朝鮮半島には7種伝わっているが,その中で日本に伝来している1種が欠けている。 これは,朝鮮半島には中国各地から水稲の種子が渡ったが,日本には朝鮮半島を経由せず(多分海路)に特定地域の少ない種類の種子が伝わったと解釈できる。
 すなわち,水稲を日本に伝えた人々は,Y遺伝子型の分布と並行して,江南の地かあるいは山東半島の付け根あたりから,海流に乗って渡来したと考えるのが妥当であろう。
 なお,後期の渡来人については,現日本人にY遺伝子が中国人と同じO2型が約19%いるので,史記に書かれた「徐福」伝説のようにかれらが山東半島から直接渡来した以外にも,朝鮮半島経由で渡来した可能性もある。 どのみち渡来は一回ではなく,多くの回数に別れていろいろな経路から行われた,というのが正しい姿であろう。
 その中には記紀の伝承にあるように,朝鮮半島から“漢字”を携えて来た一行もあると思われる。 ただこの“和仁”の実態は定かではなく,百済に滞在した中国人,多数の渡来人の複合,などの説がある。 なぜなら,和仁が日本に伝えたという『千字文』はこの時にはまだ成立していないからである。

 さて,半島南部は統一新羅の後,新羅,後百済,後高句麗(高麗)などの国に分裂抗争していたが,ついに936年高麗によって統一され,その国土はしだいに朝鮮半島全域に及んだ。
 一方,中国においては,唐滅亡後の五代十国時代が終了し宋が全土を統一すると,満州では契丹(遼)が台頭してしばしば半島に侵入した。 高麗は仕方なく遼を宗主国として朝貢することになった。 その後女真族の金が1125年に遼を滅ぼしたので,高麗は金を宗主国として朝貢することになった。
 その約100年後,政権抗争に明け暮れていた高麗に,勢いを増したモンゴルが襲いかかり,30年近くの抗戦の末1259年に高麗はモンゴルに降伏し,高麗王は存続するが単なる封建領主となった。
 その後も高麗の遺民による散発的な反乱は続いた中,元と名を変えたモンゴルが朝貢しない日本にクビライの指示で侵攻を企てた。 いわゆる文永の役(1274年)と弘安の役(1281年)である。 侵攻兵員の主力は騎馬兵の元ではなく,高麗兵(文永・弘安)と亡びた南宋兵(弘安)であった。 この二度の出陣で高麗では兵員だけでなく多大な兵站と軍艦の調達も行われてひどく疲弊した。
 さらに元の支配は,元の地方官が高麗の政治に細かく口出しする形を取った。 いわゆる“長いものにまかれる”事大思想は,このときから朝鮮半島に住む人々に強く染み付いたのではなかろうか。

 中国において元の勢力が衰退すると,高麗は1356年に元の支配から脱し,しばしの間完全独立状態となった。 中国で明が建ち元が草原の地に戻ると明の冊封を受け,1370年に再び中国への朝貢国家となった。 このとき元を選ぶか明を選ぶかという内部抗争が起き,高麗の武将李成桂によるcoupd'Étatクーデターにより政権奪取が起き, 1392年李氏朝鮮が成立した。
 この戦乱に血塗られた500年近くの高麗の歴史で,非常に多くの北方民族や漢民族が流入し,これが今日の朝鮮語の母体となり,文化の源となったのではなかろうか。 もちろん宋代に朱熹によって作り出された儒教の解釈(朱子学)も中国から避難してきた学者によって直接持ち込まれた。

 上記のような歴史的背景により,高麗王朝を継いだ李氏朝鮮王朝は,中国を支配する異民族(元:蒙古)を排斥した明王朝を正統と見なすことになった。 一方明王朝もその統治思想(国家教学)として朱子学を重要視し,李氏朝鮮では国教であった仏教を排し朝鮮朱子学が主流となった。
 中国では明の倒壊後,またまた北方民族の王朝である清が立ったが,李氏朝鮮は相変わらず中国の冊封体制下の属国であった。 ここに,朱子学で統治されている中国を正統とし,朱子学以下の日本を異端あるいは化外の蛮族と見なす正統論が朝鮮半島に定着した。

 日清戦争の結果,ようやく清の冊封から解けて大韓帝国となったが,実態は宗主国が日本に変わっただけであった。 それでも,このことは長い間の頚木から外れた記念すべきことであるとして,1897年にSeoulに独立門が建てられた。(註3)

 この約500年間続いた李氏朝鮮では,中国を真似て朱子学を基本とした官吏登用制度が作られ,何事も中国王朝に対して事大する習慣が半島に生きる朝鮮人に色濃く染みついてしまった。 現在は宗主国中国が共産主義であるから,当然ながら,(共産主義の皮を被った朱子学であって,実態は単なる帝国主義でしかない)中国の共産主義を,半島の南部の韓国でも正しい考えであると,かれら国民の心のどこかで思っているに違いない。 韓国の文在寅大統領は,それを隠さずに表明・実行しているだけである。

 さて時代は戻るが,秀吉の朝鮮侵攻によって朝鮮半島は戦場となり,結果的には明国の滅亡を早めた。 この後,江戸時代には朝鮮王朝より日本に朝鮮通信使が12回派遣されてきた。 それまでも,室町時代や秀吉の頃にも前後5回ほど使節が派遣されて来ている。
 それらの使節の随員は,朝鮮王に対する正式の報告書以外にも,日記形式で日本についていろいろと記述したものを残している(註4)。 その中でも1763年から翌年まで来日した通信使の随員の金仁謙がハングルで書いた『日東壮遊歌』が面白い。 朝鮮の科挙に合格した進士でありprideが高い金仁謙は,自作の詩文を持って使節の宿舎に大挙して訪れる倭人にうんざりしたみたいである。
 その他,朱子学的に遅れている倭を馬鹿にしているが,大坂・京・尾張・江戸の繁栄ぶりには,正直に目を見開いている。

-以下Wikipediaから『日東壮遊歌』の訳文を引用-
・流れ(大坂の淀川)の両側には人家が軒を連ね,漆喰塗りの広い塀には鯨の背のような大きい家を金や紅でたくみに飾り立てているが,三神山の金闕銀台きんけつぎんだいとは,まことのこの地のことであろう。
・館所に入る,建物は宏壮雄大,我が国の宮殿よりも大きく高く豪華である。
・女人が皆とびぬけて美しい。 明星のような瞳,朱砂の唇,白玉の歯,蛾の眉,茅花つばなの手,蝉の額,氷を刻んだようであり,雪でしつらえたようでもある。
・この犬にも等しい輩をみな悉く掃討し,四百里六十州を朝鮮の国土とし,朝鮮王の徳を持って礼節の国にしたいものだ。
・堂々たる千乗国(朝鮮国のこと)の国使が礼冠礼服に身を整えて,頭髪を剃った醜い輩に四拝するとは何たることか。

 この日記おける観察とかれの主張を見ると,観察は正確ではあるが結論は飛んでもない方向を向いていることが分かる。 この傾向は現代の日本の右翼にも共通している,と言えよう。 なお現在の韓国人はこの時代よりも劣化が進んでいて,観察事実にさえも朱子学的正統性を主張する結果,あり得ないことを道徳優位性の発想の下で,事実であるかのように思い込み主張している。
 すなわち,自分たちは(朱子学)道徳的に正しいから,朱子学的に遅れた国や民の言うことはすべて誤りであり,すべてのことは自国や自国民の道徳的優位性の前では色褪せる,という侮日の理屈になるのである。

 ここでちょっと話は逸れるが,娘が大学時代に薫陶を受けた師に中国哲学者の山田利明博士という方がいる。 山田博士の研究対象は道教であるが,娘が入学したときには学科の主任教授であったので,養豚家も保証人面談という会合で親しくお話しをさせていただいたことがある。 実際に面談に出席したのは養豚家一人だったから,小1時間いろいろなことをお聴かせいただいた。
 ところで,山田博士が1年の学生に最初に話した内容を娘から最近聴いた。 それは,中国人の思考方法は“蜂の巣”だというのだ。 それに対して日本人は前後関係だという。 すると,さしずめ欧米人はtree構造になっている,と養豚家は思う。 蜂の巣とは,どこまでも同じ形が拡がっていて,自分がいる穴に隣接したりちょっと離れた穴との関係で世界を理解する,と山田博士はいうのだ。

 養豚家は中国人の相互関係を赤・白・黒と分けて理解していた。 赤い関係は家族関係で,義兄弟や幇という団体内も同じである。 命を懸けても良い関係である。 この関係で過度の贈り物をしたり礼儀を示すと,「見外」(他人行儀)と言われることがある。
 友人・知人・仕事・学校等はすべて白い関係で,利害関係である。 お互いに等しいと思った価値を取引する関係であるから,関係を保つには贈り物(賄賂)が大切である。
 残りの人はすべて黒い関係である。 黒い関係では,食べ物に毒が入っていようが,間違えて轢き殺しても,バレなければよいという非情さである。 人情というのは,赤い関係では無条件で,白い関係では人情は価値の取引のbalanceが一時的に崩れた状態で,それを補償するものである。
 一方日本人は,関係は白と黒で,その間は灰色がgradationしている,と養豚家は考えている。 したがって,とことん非情にはなれないし,油断していると身内だけの世界に易々と入り込んでくる非常識さも日本人の特徴である。

 これを山田博士のような観点から見分けてみると,とても面白い。 近くても遠くても蜂の巣の穴は同じ形をしている。 したがって遠くを見る必要はない。 これが中国社会なのであり,tree構造で社会全体や未来を鳥瞰するすることが出来ないし,必要もないのである。
 法律はあってもない状態で,すべてが現場の実際の運用で決まる国になる。 日本人から見ると,土壇場にならないと何も決まらない,行き当たりばったり,朝令暮改,というのが蜂の巣思考の具体的現れなのかもしれない。
 孔子がこよなく憧れた国である西周は,確かに蜂の巣であっても向こう側が見渡せた。 儒教はこのような「鶏犬相聞」の桃花源sizeの邑が国家である所で成り立つ倫理観であり統治思想である。

 “仁”を旨とする儒教では,広大な土地の数多の国民を統治できないので,宋代の儒学者朱熹が儒教を実用的というか,時代と大きな国に合うように解釈し直して集大成したのが朱子学である。
 朱子学は成立後もいろいろと変遷してはいるが,それまでの“仁”よりは“礼”を重んじる方向へ中心が移り,君臣の序や“理”を重視して大国の統治に役立つ理論となった。 しかし,中国人の蜂の巣思考の根元は変わっていないままであるから,木に竹を継ぐような形で拡がった。
 この朱子学が朝鮮には生のままで伝わり,ものごとに“名分”があるかないかが重要な判断基準となった。 日本でも徳川幕府の統治には“礼”が便利なので幕府の学問となった。

 朝鮮半島に住む人々の思考法については,養豚家には残念ながらこれといった目覚ましい提案は出せていない。 上述してきたような歴史的な経緯の下で,かれらは朱子学の影響が濃厚な民族であり,かれらに科学的論理的な思考は望み薄であるとしか言えない。 韓国人が切望するNobel賞からは一番遠いところに立っている思考法である。
 すなわち,対外政治だけでなく国内政治も個人関係もすべて儒教的な名分がどちらにあるかという争いの観点でしか観ていない。 それが道徳的優位性という,部外者からはまったく理解不能な概念で,儲かれば,勝てば,名分があればすべて正しいという考えである。 たとえば,footballの試合にテコンドーまで持ち込む狂態を演じる。(註5) 日本に対して行なってきた嫌がらせや不当な金銭要求,国家間の約束を無視することもすべてこの立場から行われている。かれらには中国人と別の意味で人情はないのである。
 日本ではかつては自民党が利益誘導に乗せられて,今では左翼思想の人々を中心に,政治家・弁護士や教員・マスコミなどおおくの層が,韓国との融和を隣国だからという無意味な理由で支持している。 韓国の宣伝に騙されて,自称慰安婦が言う真実を鵜呑みにしているK-POPかぶれの若い女性も多い。 これらはすべて,朱子学的な雰囲気の下で認識biasを育ててしまった朝鮮半島人の不幸であり,安倍政権下でもそこから逃れ切れない一部の日本人の不幸でもある。 外交は損得で行わなくてはならない。 自分にだけ徳があって,道徳性優位を唱えるという訳がわからない外交や政治は自国や自国民だけでなく隣国をも不幸にする。

 養豚家? パチンコ屋に設置してあるSlotの開発で,多くの在日や韓国人と仕事で直に接してきて,散々騙されて苦い汁を飲まされたので,養豚家は半島に現住する韓国人とは二度と付合いたくない。 在日とも基本的に付合いたくない。
 近隣に住む日本人としては,朝鮮半島とは一切の付合いを断つのが正しく,北の金王朝と同じように半島に封印すべきであろう。 養豚家もどうせ余命も僅かであるから,駅でハングルが見えたり聞えたりするのもいやである。


註1(2019年12月23日追記)
 安倍長期政権の庇護下で利権まみれになり,卑劣なrape男であるとnet上で叩かれているTBSの元幹部記者山口敬之については,安倍政権との癒着ぶりと1億にも上る慰謝料請求の反訴の理由について,12月22日Web版の『デイリー新潮』に詳しい記事が上がっている。
 Linkが切れて,Web上で見つからない場合は,12月19日発売の『週刊新潮』に掲載されている,伊藤詩織さんが連れ込まれた白金のシェラトン都ホテルのドアマンの(今回の民事事件の結審後に出された)陳述書を読むとよくわかる。 高裁ではこの陳述書がどう取り扱われるかが焦点となるであろう。
註2
 1965年の日韓請求権協定で日本から支払われた額は,当時の日本の金塊(3億USD)を含む外貨準備高21億USDの1/4にも達する。なお,漢江の奇跡が教科書から消された理由には,この奇跡的発展に使われた資金が,1965年に補償金として日本から5億USDを受け取ったことに由来する,という不都合な事実を隠蔽しようとしているのであろう。
註3
 Seoulの独立門については,韓国人のみならず日本人も誤解している人が非常に多い。 すなわち,日本からの独立を記念した門だと思い込んでいるのだ。 日本からの独立は1945年で,清からの独立はその50年前の1895年であり,それを記念した門が出来たのは1897年である。 韓国は反日できるなら,何に対しても遡及法を制定・適用してしまう。 これはもちろん韓国の国民教育がなした国民的認識biasである。
 独立門については,下記のように建った当時の新聞にこれを記念する論説が掲載されている。

独立門新聞記事  朝鮮が何年も清国の属国であったが,神様の恩恵で独立され,朝鮮大君主陛下が今は世界の首脳と同等な立場となり,朝鮮人民が世界にまたがる自由な人になったがゆえに,このようなめでたいことを無視するのは道理ではない。 朝鮮が独立したことを世界に知らせ,また朝鮮の後生に,この時から朝鮮が永遠に独立したことを伝えるためにも表迹(表象)が必要であり,また朝鮮人民が養生するには新鮮な空気を吸い,景色が良く静かな場所で運動をすべきである。 慕華館に新しく独立門を建て,その周辺を公園にして千秋万歳自主独立した公園であると伝える志である。
独立門写真
      建設された当時の独立門
 左側にある2本の柱は,以前清からの使節を迎えた迎恩門の跡
『独立新聞』1896年7月4日 徐載弼の「論説」(Wikipediaの独立門より写真と共に転載)

註4
 2017年,朝鮮通信使に関して日韓に現存する資料が,UNESCOの世界の記憶遺産に登録されることになった。 この原資料により韓国の一方的な対日冒涜の根拠を覆すべきである
註5
 2019年11月4日に行われた英国のPremier Leagueで韓国人の孫興民は,対戦相手のEverton Football ClubのAndré Gomesに危険なtackleを犯した。 孫興民のtackleによって結果的にGomesは足首骨折という深刻なけがを負い,孫興民は一発退場となった。
(12月23日追記)
 2019年12月22日に行われた英国のPremier Leagueで韓国人の孫興民は,対戦相手のChelsea Football ClubのCB Antonio Rudigerの腹を蹴ってまたもやred cardの一発退場となった。 韓国人にとってはfootballは勝つためには何をやってもよいという道徳的優位性に立脚するテコンドーsportsである。


2019年12月26日 追記
 昨日,自民党二階派の代議士(24日に瀬戸際離党)秋元司衆議院議員が,casinoを含むIR(統合型resort)に関して,深圳にある中国企業から数百万円に及ぶ賄賂を受け取った,として東京地検特捜部に逮捕された。
 この逮捕劇は,この金に使われたどうかは解らないが,現金を中国から空輸した日本人が逮捕された件と直接関っている。 さらに,秋元の背後にいてIRの推進をしてきた自民党二階派の大物議員にまで捜査が及ぶかもしれない。 このような収賄は,パチンコや水商売等の業界から在日や韓国人を通じて自民党に大金が流れていた過去の状況とまったく同じである。
 中国は,IndonesiaのJakartaとBandung間約140kmの高速鉄道の案件でも,日本勢がほぼ完全に調査・検討して入札に臨んだにもかかわらず,Indonesia政府に多大な賄賂をばら撒いて,日本が作成した資料を翻訳も不正確なまま丸ごとcopyし,高速鉄道布設工事を掠め取った。 しかし工事は遅れに遅れて,当初の2019年完成にとうてい間に合わない約1年前に着工し,2024年完工の見通しだと言う。 中国人にとって,役人や政治家に賄賂を撒いて仕事を取ることは,ご飯を食べるのと同じようにごく自然なことなのである。 日本の江戸時代とまったく同じである。
 江戸幕府のような長期政権では,腐敗は必ず起きる。 Top本人は腐敗や不正に関っていなくても,権力の周りにはそれを利用しようという輩が集まるのは避けられない。 安倍夫人の昭惠氏とかTBSの元記者の山口などは,自分と総理との関係を直接に利用した連中だし,秋元は安定した安倍政権という蜜を求めて中国人などが接近してきた結果である。
 しかし,topが腐敗絶滅を訴えて行動すれば,それは結局政敵を倒すための建前でしかない。 現在の中国や韓国だけでなく,すでに王権を確保している金正恩の北朝鮮でも粛清の嵐が吹きすさぶ。 Ста́линスターリン時代の旧ソ連や中国の文革などでもそうやって多くの粛清が行われた。 韓国では,今でも訳がわからない罪名で,任期寸前で引きずり下ろした前大統領の朴槿恵が牢獄に繋がれているが,まだ共産国のように粛清されていないだけましであるかもしれない。 共産主義と朱子学儒教は,両方とも粛清とは切っても切れない縁があるのかもしれない。


2019年版完