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第5章 電池は移動できる電源


 電池の発明で人類は電気を自由に使えるようになりました。 電池は本来持ち運びできる電源です。 しかし,初期の電池は液体だったので,ポケットに入れて自由に持ち運べませんでした。
 Voltaボルタによって電池が発明されてから100年近く経った明治時代中期に,この問題を解決した日本人がいました。 彼は屋井先蔵 やい さきぞうといい,乾電池王と言われました。
 しかし,乾電池は今でも液漏れ事故を起します。 さらに2013年に,Boeingボーイングの最新鋭旅客機B787で,リチウムイオンLithum Ion電池の制御系の不具合による火災が発生しました。
 太陽電池は決して液漏れしない電池ですが,夜や暗い屋内では使えません。

      デンキウナギは生物電池
    Wikimediaより 2013/4/17 Rvalette氏

 南米のAmazonアマゾン川に住む1〜2mもあるデンキウナギは,600〜800V,1Aの電気を1m秒ほど出すことができる。一つの発電セルCellが出す電圧は約0.15Vであるが,数千個もつながって体長の80%もの長さの電池になっている。


第5章の内容

第4章 静電気はパチッとくる 第6章 電気を起す

5.1 電池は実験と通信に使われた   5.2 完全には乾いていない乾電池
5.3 乾電池からは直流が出てくる 5.4 多くの人が電池を乾かした
5.5 電池で電気をためる 5.6 鉛蓄電池との決別
5.7 キャパシタに電気をためる


5.1 電池は実験と通信に使われた

 電気の二大用途は,第2章の扉でも触れたようにエネルギー源と情報伝達の手段です。 IT(情報通信)技術の発達は,つい最近のように感じますが,じつは電池が実用化してすぐに通信に利用されました。


5.1節の内容

4.4節 静電気のような高電圧を調べる 5.2節 完全には乾いていない乾電池

Q 5.1 電信事業は電池で始められた   Q 5.2 世界の乾電池生産量は人口の10倍近い



Q 5.1 電信事業は電池で始められた
 明治維新前に,日本で電信の実験が行われたと聞きましたが,いつごろですか。

[A]
 1854(安政元)年に,米国のPerryペリーが日米和親条約締結のために2度目に日本を訪れたとき,第13代米大統領Fillmoreフィルモアから将軍へのおみやげに,電池と電信機が持ち込まれ,横浜でMorusモールス符号による約900mの区間での通信実験が行われました。 図5.1は逓信総合博物館(2013年に閉館)に展示されていたレプリカで,本物は国の重要文化財に指定されています。

Wikimediaより
2013/2/23
Momotarou2012氏
図5.1 Morse通信機

 横浜で実験が行われた15年後の1869年(明治2年)には,早くも東京−横浜間で公衆電信が開設され,さらにその4年後の1873年には,長崎まで延びたそうですから,情報伝達の高速化には大きな需要があったものと思われます。 この最初の実験のときに使われた電池は,Q5.12で紹介するDaniellダニエル電池です。

*   *   *
★ Morus符号

 Morse符号は通称“トンツー”と呼ばれ,短点と長点(短点の3倍長)の組み合わせで,基本的に英数字を表現する,一対の信号線によるディジタル通信方式です。 1840年米国人のMorseが,符号化と電信機の特許を取得し,以来日本では1999年にNTTやKDDIが利用停止するまで使われました。 客船Titanicタイタニック号の沈没の際に発せられた,SOS(トトトツーツーツートトト)というMorus符号による国際遭難信号が有名です。

★ 情報の伝達速度が集団や国家の死命を制した

 1980年代まで,緊急を有する国際的な商取引や査証などの情報の伝達には,明治初頭のMorse符号による電信と大差がないテレックスTelexで行われていました。 テレックスは送受信に 電動タイプライタTypewriterを用い,6桁あるいは8桁の‘1’,‘0’符号で文字情報を送る方式で,その符号化法は今のASCIIアスキ符号の元になりました。
 人類の歴史が農耕文化時代に突入するや,情報の伝達速度とその伝送可能量は,その集団や国の経営や戦力を左右しました。
 日本では江戸末期まで,主に飛脚や早馬で情報伝達を行っていました。 昔から戦争が多い時期や国々では,人馬よりも高速な情報伝達ができる,狼煙のろしや太鼓・法螺ほらによる情報伝送が使われました。 しかしそれらは相手方にも同じ情報が伝わってしまうのと,情報伝達量が限られてしまうという欠点がありました。
 情報の隠避性と伝送量を上げる方法としては,世界で広く旗振り通信(大規模な手旗信号)が使われ,18世紀末からは欧州では,図 5.2のように腕木で暗号化した方式で,可視距離をバケツリレー方式で中継通信する方法も使われました。
 旗振り通信では,大坂(“阪”は明治以降の表記)―広島間を30〜40分で米相場情報が伝達できたと伝えられています。 電話が広く普及する大正初期まで生き残りました。

図 5.2
腕木通信機
ParisパリLouvreルーブル宮殿に
設置されていた腕木通信機
Wikimediaより

 Alexandreアレキサンドル Dumasデュマの名作『Monte-Cristoモンテ・クリスト伯』に,主人公が腕木通信の操作人を買収して,仇敵の商売を妨害する場面が出てきますが,電気式のMorse通信の出現前までは,最速の情報伝達方式でした。


Q 5.2 世界の乾電池生産量は人口の10倍近い
 乾電池は,世界でどのくらい作られているのですか。

[A]
 中小の生産工場の実体がはっきりしないため,全世界の正確な統計情報は少なく,2010年で約500億本,160億ドル程度の規模だといわれています。 中国ではその約30%が作られているという情報もあります。
 日本では,電池工業会の統計によると,乾電池は2011年1年間で約29億個生産されたとされています。 しかし,電池は安価なので金額的には877億円にしかなりません。 輸出入数量の比較では輸入が多く,差引2億個ほど流通量は多くなっています。
 なお,輸入した海外製の粗悪品には,液漏れ対策が不十分なものや,まだ水銀を含有しているものがあります。

★ 英語で電池は何という

 一般に電池単体は,英語ではセルCellといい,セルを縦につないで電圧を上げたものをバッテリBatteryといいます。 ですから普通の乾電池はセルで,自動車用の電池はバッテリです。
 バッテリは,もともと一組の器具という意味で,野球の投手・捕手の一組もバッテリと呼ばれています。




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